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夏に煌めく一番星

本編102話と最終話の間らへんのお話。

 


 朽ち果てた家々だけが残る寂しい村――セイレッシア。

 そこは二人がかつて、とある少女と共にやって来た村だ。人魚伝説の地とも言われていたが、現状を見て信じる者は少ないだろう。

 だが、二人は知っている。ここが、彼と彼女の大切な場所であると。そして、自分たちにとっても大切な場所だと。


 小さな丘。月明かりが海を照らし、昼とは全く違う煌めき方をする波を眺める二人。


 ザァ、と小さな波音が耳を撫でる。その音はまるで子守歌のように優しく、穏やかで、思わずそのまま寝てしまいそうだ。

 丘の上に腰を下ろしているエスティアとシュティレは手を繋いだまま、ただただ、のんびりと黙って海を眺めていた。雲一つない夜空には月を取り囲むように無数の星々が輝いている。


 シュティレはそっとエスティアの肩へと寄りかかる。その時、エスティアは彼女が寄りかかりやすいように軽く体を斜めに傾ける。

 そのいつも通りの気遣いにシュティレの顔に笑みが浮かぶ。ふと、シュティレが視線を上げれば、そこには彼女へと微笑みかけるエスティア。穏やかに細められた瞳は雲の切れ間から差し込む陽射しのように温かい。


「寒くない?」

「大丈夫だよ。エスティアが傍にいてくれてるから、むしろあったかいよ」


 ふふふ、と笑えば、エスティアは破顔し、シュティレの頭に自分の頭を乗せる。


「月が、綺麗だね」

「うん、とっても綺麗。まるで、貴女の右目みたい」

「シュティレがそう言うのなら、そうなのかもね。でも、私は」


 さらりとシュティレの髪を一房、掬い上げたエスティアは薄く微笑む。シュティレへの愛おしさでいっぱいになった黄金の瞳と、彼女と一緒に過ごせるという幸福を現す様にオレンジがかったピンク色の瞳が、僅かに頬を赤く染めたシュティレを映す。

 ドキリとするほど熱の篭った視線にこれ以上ないほどの幸せに包まれるシュティレ。


「君の髪色みたいだ。美しく、神秘的で」


 掬い上げたシュティレの髪にそっと口づけを落とす。吐息交じりの声にシュティレの背筋がゾクリとする。


「……ふふ、もうっ、その口のうまさは本当に変わらないね。褒めても何も出ないよ?」

「なにも望まないよ。シュティレ、君といられるだけで私には十分なんだから」


 得意げに笑えば、シュティレは呆れたようにため息を吐き出す。


「そうね、この時間が貴女と私にとって一番だもんね」

「うん」


 二人は夜空を仰ぐ。人工の光なんていらないぐらい、月と星々で照らされた空と大地は明るい。加えて、今の季節は夜光虫が多くいるおかげでより一層明るい。

 どこかで虫が鳴いている。鈴を転がしたよな音は耳に心地よく、二人は耳を澄ます。そうすれば、虫の音楽会に混じって二人の息遣いが聞こえた。


 ずっと、この時間が永遠に続くんだ。


 二人はほぼ同時にそう考え、同時に小さく笑い声を零す。そして、二人はお互いに顔を見合わせまた笑う。

 エスティアの手がシュティレの肩へと回される。より密着した二人はお互いの体温を噛みしめ、幸せという名の時間を飲み込む。


「ねぇ、エスティア」

「どうしたの?」

「もし、私が奴隷にならなくて、貴女も瞳を失わず、自分の村で暮らして……出会っていなかったら、どうなってたのかな」


 エスティアは一瞬、そんな人生を想像した。もし、自分があのまま両親やセメイア……みんなと暮らしていたら、シュティレと出会うことなく生きていたら。が、すぐに笑みを浮かべると、少しだけ不安げに見上げてくる彼女の額にコツンと軽く自分の額を当てた。


「どんな人生だろうと、私はきっと……いや、必ず君に出会うと思う。それで――」


 見上げている彼女へと口づけを落とす。


「君に恋をする。シュティレ、君もそうでしょ?」


 出会わない人生なんて考えたところで無意味だ。だって、どんなことがあろうと、エスティアは彼女の元へと引き寄せられていただろうし、その逆も然りだ。

 シュティレは自信に満ちた声と表情で答えるエスティアに一瞬、呆気に取られ固まってしまう。だが、すぐに嬉しそうに表情を明るくした。


「そうかも。私も、どんな人生で、どんな運命でいようと……貴女に出会って、恋をする運命は変わらない」


 二人は顔を近づけ、キスを交わす。


「私たち、これからどんな人生を一緒に歩くんだろう」

「わからない。全然想像できないや」


 やっと手に入れた平穏。だが、手に入れてしまった今だからこそ、これから自分たちがどう過ごすのかが全く想像できなかった。

 幸せな生活だということはわかっている。が、それがどんな形となるのか。お金はあるが、これからできるであろう家族との生活も考えて、働き口は必要だろう。


「エスティアは時計屋さんでもやったらいいんじゃない?」

「え……?」


 エスティアが瞳を大きく見開き、ぽかんと口を開けたままシュティレを見つめる。シュティレはそんな彼女の手を取って噛みしめるように言葉を紡ぐ。


「だって、貴女は時計屋さんの子どもでしょう? ずっと、お父さんの作業風景だって見てきた。それに、時間を愛する貴女にはピッタリだと思うの」

「シュティレ……でも、私にできるかな……」


 不安げな声。エスティアにしては珍しいそれに、シュティレは安心させるように握った手に力を込める。そして、それを口元まで持ち上げると、触れるだけのキスをする。

 そんなことをされるなんて予想していなかったエスティアは反射的に赤くなる顔を隠せなかった。大きく瞳を開いたまま、グッと口を引き結ぶ。


「できるに決まってる。……エスティアが時計屋さんとして働いている間、私はあの家で家事をして、貴女の帰りを待つ。それで、子どもができたら、お休みの日にはどこかに遊びに行ったりするの。これが、今考えられる未来なんだけど……」

「シュティレ……」


 まっすぐ見つめてくる彼女の瞳は力強く、エスティアの心臓がドキリと大きく跳ねる。彼女の澄んだ青い瞳を見ているだけで、不安なんて全て消えてしまう。

 エスティアは安心したようにフワリと微笑む。そして、シュティレの頭を優しく撫でた。気持ちよさそうに目を細める彼女を思わず抱きしめてしまいそうだ。


 だが、それは言いたいことを言ってからにしよう。


「そうだよね。シュティレがそう言ってくれるなら、私、これからいっぱい勉強して、最高の時計屋さんになるよ。……だからさ今度、資料集めもかねて私の村に行こうか。そこで、お父さんとお母さんに、シュティレのこと、ちゃんと紹介したいしね」

「エスティア……うん、行こうね」

「それでさ、その帰りにもう一か所、寄りたい場所があるんだ」


 エスティアはそう言ってはにかむ。


「シュティレ――君の育った村に行きたい」

「え、あの……それって」

「機会ができたらすぐに行こうと思ってたんだ。でも、なんだかんだで忙しかったからね。シュティレ、エリザとお姉さんに会いに行ってから帰ってないでしょ?」


 緊張した面持ちでいるエスティアは、シュティレの手をギュッと握り締め、真正面から彼女を見つめる。


「君の両親と、お姉さんにちゃんと挨拶したい。……ダメ、かな……?」


 小首を傾げるエスティア。その様子は少し泣きそうで、まるで子犬のようだ。断られることは無いとわかっていても、やっぱり不安なのだろう。そんなことが手に取るようにわかったシュティレは小さく笑いを零す。


「そんなに不安そうな顔しないでよ。大丈夫だから。きっと――みんな、貴女を気にいるはずだから」


 そう返すと、エスティアはまだ不安そうにしながらも、ホッと息を吐き出した。


「ねぇ、そう言えばさ……一つ聞きたいことあるんだけど、聞いてもいい?」

「……? いいけど」

「いつ、私たちの子ども作るの?」

「――なぁっ!?」


 さらりと落とされた爆弾にエスティアの赤みが引き始めていた頬に再び熱が集まる。それは先ほどとは比べ物にならないほどの熱量を秘めている。


「な、な、なにを言って……ッ!」

「だって、早く欲しいんだもん。どっちが先に産む? 私?」


 スーッと慌てふためくエスティアの首筋へと指を滑らせ、耳元に口を寄せたシュティレが甘い声で囁く。ゾクゾクするようなその吐息にエスティアはほとんど吐息と言ってもいいような声を漏らし、「いや、でも、その、あの……っ」と呟く。

 確かに、いつかはと思っている。が、まさか今言われると微塵も思っていなかった。といっても、きっと冗談半分というところだろう。

 エスティアはそう自分に言い聞かせ、どうにか冷静を取り戻そうと息を吸ったその時だった――


「ここでしてもいいんだよ」

「シュティレッ、それはさすがに――んっ!?」


 半ば押し倒されるようにシュティレはエスティアの言葉を奪う。甘い香りがエスティアの鼻腔をかすめるが、楽しむ暇はない。倒れないように片手を地面へと付け、もう片方でシュティレの腰を抱き支える。


「ん……っ」


 エスティアの僅かに開いた口にぬるりとした感触が滑り込む。まるで、口の中に何かないかと探すように動き回る彼女の舌から逃げようとしてみるが、それは許されない。

 グッとシュティレは自分の体を押し付け、そのまま行為を続ける。時節、二人……主にエスティアの口から苦し気な吐息が漏れ出る。


「っ……はっ……シュ、ティレ……ッ」


 やっと、解放されたエスティアは荒い呼吸交じりに彼女の名前を呼ぶ。シュティレは彼女と違い、案外平気そうな様子で、そっとエスティアの頬へと手を伸ばす。

 ビクリと、これでもかとエスティアが肩を跳ねさせれば、クスクスとシュティレが笑みを零す。


「シュティレ……ッ」

「ふふふ、可愛い」


 軽く彼女の頬にキスをシュティレは落とす。


「じょーだんだよっ。ほら、早く帰ろ? 流石にちょっと寒くなってきちゃった」


 シュティレはクスリと、微笑み、エスティアの頭を軽く撫でると、腰を静かに上げた。


「え、あ、いや……あの……」


 立ち上がるシュティレの裾を掴んだエスティア。必死に呼吸を整える彼女をシュティレは不思議そうに見つめる。


「近いうちに……私から……誘うからっ……だから――覚悟してて」


 今にも泣きそうに瞳を潤ませながら、顔を真っ赤に染めたエスティアはそう言って得意げに笑ってみせた。






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