僕の妻には愛人がいる
「………なあ、沢木」
「なんっすかー課長」
「もし妻から『あなた紹介したい人がいるの! こちらまるまるさん、私の愛人よ!』って言われた時お前ならどう反応する?」
「………うわー、課長、ご愁傷さまです」
「俺じゃなくて」
「いやオレだって独身ですもん無理じゃね?」
「そうだけど」
「ん? …………課長。」
「なんだよ」
「今日エイプリルフールじゃね?」
「そうだぞ?」
「あーなんだよ超びびったし」
へら、と笑うこの男は沢木謙太郎。部下だ。今はこんな口調だが公では隙のないビジネスマンに大変身する。
そして幼馴染だ。
仕事でも私事でも頼りになるこの男に、しかしこのことだけは相談できない。
僕の妻には愛人がいる。名前は峠皐。妻の学生時代の親友だった。………半年前の同窓会までは。
未成年時には許されなかった酒の力により互いに抱いていた思いが爆裂した───そうだ。
ぶっちゃけ「え? なんの冗談?」と思ったし「なにか不満があるなら教えて欲しい」と言ったが冗談でもなく不満もなく。
一時は「別れたいならそう言えばいいだろう!」とプチ家出したが峠さんに連れ戻された。
峠さん曰く「自分は一介の愛人ですので」という返答。男前か。
峠さんについては謎だらけだ。名前以外何も知らない。調べることはしないが。妻の人を見る目は身内びいき抜きで一流だ。私よりもよほど。なら余計な詮索など野暮だろう。
だが不安にならないわけではない。もし彼女が男だったら、あるいは妻が男だったら、俺は多分妻と結婚していないだろう。というか隠れ蓑として離婚されてないだけで愛とか無いんじゃないか、と未だに思わなくもない。
離婚をすると周りから「どうして離婚したの?」と詮索されるかもしれない。周囲から見た夫婦仲は(俺の目線では少なくとも)良好だったし、気になるだろう。今更離婚できない、みたいな。
…………仕事中に考え事は良くないな。
俺は逃げるように仕事に打ち込んだ。