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異邦世界の星渡り  作者: 三上かつや
1/1

序章



――朱く、広大な大地に深く穿たれた大きな穴がある。


大陸の中央に、数ある国々を分かつ様にして空いたその大穴からは、常に瘴気(しょうき)が吹き出していて、上を通る鳥あればそれを落とし、側を歩く者あればそれを病床に伏させた。


断崖絶壁。穴の底は深い闇に包まれていて、もし側に立った所で、大きすぎるその穴は向こう岸さえ見えはしない。


その大穴を囲う様にして5つの国があった。

北の炎国サマル

西の戦国クンルン

東の聖国オルテア

南東の海国アトラス

そして、南の天国セレステア

この5国をもってして五星国(ごしょうこく)と呼んだ。

しかし今、天上の国と(うた)われたセレステアに大きな陰が差していた。

大穴より這い出た魔族が先の王トール・フォラ・セレステアを殺したのだ。


神話にしか名前を聞かぬ魔族などというものに、民達は怯え、国交は途絶えた。

諸侯は領地を守る事に必死で民を蔑ろにし、王族は離散。

土地は荒廃し、食料が減って行くと諸侯達は互いの領地を狙って内戦を起こした。

やがて、諸侯達の間でこんな声が上がる様になった。

「我こそが王だ」

こうして、国は崩壊した。


「くだらない」

かつての王宮からほど近い領地にある小さな城の中、そう少女は独り言つ。

少女の眺める窓の外には、遠くかつての王宮がある。

あの頃の王宮であれば例え遠くとも、人々の営みで灯りが絶えず、決して見失う事など無かった。

だが今は、夜の闇に紛れその姿を隠している。

そして、窓に反射した自分の姿が写った。

この荒廃した土地を争って、なけなしの食料を無駄にして、諸侯は王を名乗っている。

そんな中、真に民を助け立ち上がるべき王族が、こんな城に幽閉され、1人窓の外を眺めている。

王族の私を側に置いていれば王を名乗るのに容易い。そんな理由で籠の鳥となっている。

「本当にくだらない」

民を虐げ、王族とは名ばかりの少女を捕らえ、亡国の王を名乗る。

そんな事になんの意味があるというのか。

「兄様・・・」

悲しげに呟く少女の深い(あお)の瞳は、その声色とは裏腹に、強く決意を宿していた。


見上げる窓の外、その夜の空に一筋の光が射した。

流星だ。

その光はセレステアの上を流れ、北東アルテアの近くへと落ちていく。


古く言い伝えがある。

流星の落ちる夜、異邦の彼方より使者が来る。

その者異邦より知識を授け、民を導く者なり。


彼等は星渡(ほしわた)りと呼ばれ、何十年、何百年かに一度、流星とともにやってくる。

だが実際に会ったことのある者は少ない。

国によっては彼等を忌み嫌い、厳罰に処すのだという。

よりにもよってオルテアに・・・と少女は思う。

彼女は自分と同じ、滅びの運命にある何処かの誰かに同情する。

「仲間ね、貴方も私も」

少女はカーテンをそっと閉じ、寝台の近くへ寄り横たわる。

空には流星の軌跡が今なおくっきりと光を散らしていた。



――――――――


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!マジで死ぬって!!」


佐久間 透(さくまとおる) 21歳

街中を全力疾走している男、それが俺。

後ろからは目を血走らせた男達が、同じように全力疾走で追ってきている。

理由は知らない。

夜の街、閉店間際のスーパーで明日の朝食用に買ったメロンパンと牛乳が入った袋を持って帰宅中、人気のない路地で声をかけられた。


「ねぇ?佐久間透ってお兄さん?」

振り返ると制服姿の女子高生が1人。

「うん。そうだけど?」

地元の高校の制服。

だが、高校卒業を機にこの辺りに引っ越して来た俺に、周辺高校の知り合いはいない。

いや、名前の確認をする辺り、知り合いでは無いのだろう。

なら、そもそも何故俺の名前を・・・

「こいつで間違いないってさー」

「?一体誰と話して・・・」

その女子高生が歩いて去っていくと、横道からゾロゾロと強面の男達が出て来る。

「おい、てめぇが佐久間透だってな?」


男がそう言った瞬間、既に俺はレジ袋を放り出して全力疾走していた。

「てめぇ待てコラ!!」

「止まらねぇとぶっ殺すぞ!!」

殺すと言われて待つ奴がいるのなら是非お目にかかりたいものだが、きっと今頃リンチにあって絶滅しているだろう。


ともかく、逃げるのはいいがこのまま家に帰るのはまずい。

名前は何故か知られていたが、家が知られていたのなら家の前で襲われていたはずだ。

どんな目的か知らないが、相手は俺が狙いでも、俺について詳しく知っているという訳ではないようだ。

かと言ってただ走り回っていても分が悪い。

こういう時の鉄則は人混みに紛れる事と相場が決まっている。

人がいる方へ、いる方へと走り続ける。

「俺・・・なんか・・・やったっけ??」

ゼェハァと息を切らしながら考えるが、全然身に覚えがない。

暗い路地から人通りの多い表通りに走り抜け、人混みをかき分けてひたすら走り続ける。

ぶつかった人達から睨まれるが、そんな事に構っていられる程俺には余裕がない。


「どこ行ったァ!?」

「あっちだ!!回り込め!!」

酒屋や風俗店の多い通り、まず来ることがないのであまり自信が無いが、この通りを抜けて歓楽街の中に入れば、デパートの中を通って逃げられる筈だ。


歓楽街へと抜ける道路を渡ろうと走っていると、横から白いバンが突っ込んでくる。

ぶつからない様に踏みとどまると、バンの後部座席のドアが開く。

「えっ」

車の後ろ側に回り込んで渡ろうと思っていた足が反射的に止まる。


車内から出てきた男達が俺の腕を掴む。

「今だ!押し込め!!」

後ろから追いついてきた男達が叫ぶ。

車の中に引き込まれ、口元を塞がれる。

ドアが閉じて、車が動き出すの感じる。

「んんんっ!!!」

「黙ってろ!!」

「ッ!!」

腹を殴られたが、ここで大人しく従ってもおそらくろくな事にはならない。

何とかして車の外に出ようと抵抗を強めると、目の前に尖った何かの先端が突きつけられた。


「大人しくしねぇと目ん玉掻き出すぞ?あ?」

それがナイフだと気付くのに少し時間がかかったのは、目に刺さる寸前で止められていたからだ。

こんなに近くては物の形状など掴めない。

とにかくそれで萎縮してしまった俺に、横から声がかけられた。

「何が何だか分からねぇってツラだな?」

その通り、こんな危ない連中に関わった事は無いし、恨みを買った覚えもない。

声のあった方を見ると、血走った目をした他の男達と違って落ち着きのある目をした男がいる。

「おい、手を放してやれ。それじゃ喋れねぇよ」

男がそう言うと口元を塞いでいた手が離れ、深く息を吸い込む。

何となく身なりの整ったその男は、他の連中よりも年かさで、話の出来そうな人に見えた。


「すみません。本当に身に覚えが無いんですが、多分人違いをしておいでではないでしょうか?」

言うと男は少し笑って、

「お前、佐久間透だよな?」

「・・・はい」

「じゃあ間違ってねぇよ、確かにお前だ。

ただ、まぁ覚えが無いのも無理はねぇ。

俺たちがお前と会うのはこれが初めてだからな」

「それじゃあ何で・・・」

言いかけた俺の顔を、飛び出した男の手が鷲掴みにする。

両頬を挟まれ、口をすぼめた今の姿はひょっとこの様でさぞ剽軽(ひょうきん)な事だろう。


「オメェはよ、俺の妹に手ぇ出しちまったんだ。しかもガキが出来てるっつうじゃねぇか。

なのに妹の話によると、テメェはそれなら別れるっつって逃げたって話だ。

こんな事を放っておける程、俺は優しくねぇんだよ。

クズならクズらしく、無様に死んで貰う。

分かったな?」


豹変(ひょうへん)した男の憎悪のこもった目を見つめながら、

(酷い男もいたもんだなぁ、妹さん可哀想に)

と同情している最中に、やっと自分の事らしいと思い付く。

いや、自分の事らしいが明らかに自分ではない。

「まっへ!まっへふははい!!」

待ってくださいと懇願(こんがん)する俺に、男は片方の眉を上げ、掴んだ手を緩める。

「命乞いか?」

「待ってください!やっぱり人違いです。俺は確かに佐久間透ですが、妹さんに手を出してなんていません!!多分誰かと勘違いしてます!!」


確かに俺は褒められたような人間ではない。

定職にもついていないし、バイト先も転々としていて生活はカツカツだ。

それと言うのも実家の農家を継ぐのが嫌で、家を出て都心近くの友人の家に、ルームシェアという形で同居する事が出来たものの、見事に就職面接で心を挫かれバイトという生緩い沼の中へと、ずっぽりとハマってしまったからだった。

半端にシフトを多く入れると、就職先を探す時間が取れず、かといってバイトを辞めてしまえば、就職が決まらないウチに生活費が尽き、バイトをせざるを得なくなる。

そんな半端な生き方をしてはいるが、付き合っている女性を妊娠させて、認知せず別れ話を切り出す様な、そんな人間になった覚えは絶対に無い。


「相手が誰かも分かってねぇのに、そうやって断言する辺りがますます怪しいな。誰といつヤったかなんて覚えてねぇんだろ?違うか?」

「違います!!いや、そうじゃなくて!そんな筈ないんですってば!!俺は妹さんに手出しなんか絶対してないんです!!」

「だから何度も言わすんじゃねぇ!!相手も分かってねぇのに断言出来る訳ねぇだろうが!!」

「断言出来るんですよ!!」

「何でだ!?あ!?」

「俺が童貞だからですよ!!!」



車内が静寂に包まれる。

「・・・お前、いくつだ」

「21です」

「ありえねぇな。そんな年で童貞なんて、そんな奴がいる訳ねぇだろうが。坊さんじゃあるめぇし、今どきそんな事ありえねぇ。」


えっ?そうなの?皆?皆ヤってんの??

そんな疑問が口をついて出そうになったがグッと堪える。

「本当です。だからこれは勘違いなんですよ」

男は考えながら車の外に目を配らせる。

車は今も動き続けていて、国道を長時間進み、どうやら県境の近く、山の方に向けて走っているらしい。

この先の山の奥には、飛び降りが多く心霊スポットとなって久しい大きなダムがある。

行った事は無いが、まぁ今は関係の無い事だ。

このまま彼等のアジトなり何なりに連れて行かれてしまえば恐らく二度とそこに行く事は無いだろうし、まぁ生きていても怖いので行くつもりは無い。


よほど俺が童貞である事がショックだったのか、人違いで攫ってしまった事に気付いてくれて動揺しているのか、沈黙が続く。

沙汰を待つ様にして男の顔を見ていると、やっとの事で男は口を開いた。

「まさか本当に・・・いや沙耶が俺に嘘を吐く筈がねぇ」

ふと呟いた男の言葉の中に聞き覚えのある名前を見つけ、ついつい聞き返してしまう。

「沙耶・・・?沙耶って高木沙耶さん?」



少し前に洋服店でバイトをしていた頃、好きな映画の事で話がはずみ、何回か休憩中に他の同僚を混じえて一緒にファストフード店に行った事のある子の名前だ。

高校生の女の子で、ちょっとギャルっぽい感じがしたので付き合い難かったが、映画の趣味が合い、よく話したので何となく覚えていた。

だが、もちろんオタク気味の童貞こじらせたコミュ障がそんな子とよろしくやってる訳もなく、ただのバイト仲間だったというだけの話だ。



だが、これがよくなかった。

聞き流せば良かったのだ。

「テメェ・・・やっぱり知ってんじゃねぇか」

「えっいや!違っ・・・」

ゴスッと鈍い音がして、遅れて痛みが走る。

頭を掴まれて車の窓に叩きつけられたのだ。

「危うく騙される所だった。妹が俺に嘘なんかつく筈ねぇのに、妹を疑ってテメェみてぇなクズの言葉を信じちまうなんて、どうかしてた」


「待ってください、確かに妹さんを知ってはいますけど、本当に俺じゃないんです。

多分何か事情があって相手の男の名前を隠す為に適当に俺の名前を・・・っ」


慌てて話す俺の顔面を男の拳が勢いよく強打する。

「二度と、口を、開くんじゃねぇ」

男が手で合図すると、それを皮切りに他の男達も俺を殴り始める。

車内で暴れるなと誰かに教わらなかったのか、親の顔を見てみたいと、痛みで薄れる意識の中、他人事の様に考えていた。


――――


「・・・ろ!・・・きろ!起きろ!!」

暗く沈んだ意識を無理やり引き上げる様に、顔に痛みが走る。

どうやら男のビンタで目が覚めたようだ。

あぁ、そういえば実家にいた頃はギャルゲの主人公またいに妹が俺を起こしてくれた物だ。

もっとも妹には嫌われていただろうから、ギャルゲの様な展開には一切ならないし、望んでもいないのだが。

そんなくだらない思考を遮るように、身体中の痛みが俺を(さいな)む。

「立て、車から出ろ」

言われて体を起こすと、車の外は深い闇の中にある。

男達は手に懐中電灯を持ち、周りを照らしている。

「少し歩くぞ。早くしろ」

無理やり車から引きずり出されると、足がついたのは少しぬかるんだ土の地面だった。

日中の雨で濡れた地面が、木々が影になり乾かずに、ぬかるんでいるのだろう。

ん?木?

自分の思考に疑問を覚え周りに目を凝らすと、そこは斜面に生えた鬱蒼とした木々と、人の手が加えられた道、その先には看板があり、この先自動車進入禁止と書いてある。

周りの状況から(かんが)みるに・・・

「山・・・?」

呟いた俺の背中を男達が押す。

「早く歩け!引きずって行くぞ」

とてつもなく嫌な予感がして来た。

体の痛みに耐えながら斜面を歩いていくと、段々と遠くに、人工物らしき物が見えてくる。

ぬかるんだ地面が、舗装された物へと変わり、アスファルトに足をつけ、さらに歩き続ける。

「あの、もしかしてここって」

「黙って歩け」

肩を思い切り押され、バランスを崩しそうになりながら歩き続けると、さらに大きな看板と注意書きが見えて、確信する。


ダムだ。

看板の注意書きの横には、飛び降り自殺を止めるように説得する文言がつらつらと書いてある。

ダム自体にも、人が落ちない様に防止用の柵が張り巡らされているが、ポツポツと、柵を切って開けられた穴がある。

その中でも通りやすそうな、大きめの穴の前に来た時、肩を掴まれ止められる。

「止まれ、ここでいい。」

男がそう言うと、周りの男達が少し心配そうな面持ちで話を始めた。

「高木さん、本当にやるんですか?」

「妹さんに確認した方がいいんじゃ」

そうして下さいお願いしますと口を開きかけた所に、男の罵声が響く。

「馬鹿野郎!!沙耶に何て言うんだ!?あ!?お前の男をこれから殺すけど本当に本人か確かめてくれとでも言うのか!?言えるわけねぇだろうが!?」


なるほど、妹に黙って動いてる訳だ。

これは詰んだな。


「でも高木さん。今度兵頭組から盃貰うんですよね。そんな時に警察沙汰になんてなったら絶対ヤバいですよ。」

「んな事は分かってるに決まってんだろ。だからわざわざこんな陰気な場所まで連れて来たんだろうが。」


「いくら自殺の名所だからって、街中でガラ攫っちまってますし、すぐにバレるんじゃ・・・」

「んじゃぁ何か?沙耶をヤリ逃げしたこのクズをここで逃して、警察には言わないでねってお願いでもするのか?あ?くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ。

もう手遅れだ。コイツは、ここで殺す。」


俺の肩を掴んだ手を突き出し、穴の方へと押して行く。

何とか逃げられないか周りを見るが、道は男達に包囲されている。

遠くに電気のついたダムの管理棟が見えるが、電気だけついていて、中が無人なのは地元では有名な話らしく、俺の耳にも入っていた。

防止柵の内側へと入り、堤の上から遥か下の水面を見下ろす。

夜なのでハッキリとは見えないが、深い深い闇の中、ゆらゆらと揺れる物が見える。

きっと()()が水面なのだろう。


「ほ・・・本当に、本当に違うんです。俺じゃない。妹さんに聞いてください。

多分お兄さんが何かするのが分かってて、その手が及ばない様に適当に名前を言ったんだと思います。

まさかお兄さんがバイトで少し一緒になっただけの俺を見つけるだなんて思わなくて、思いついた名前を教えたんです!きっとそうです!」


「よく口が回るなぁお前。これから自分が死ぬって分かってて、感服するよ。

んじゃ、もういいから死んでくれや」


「待っ・・・・・・ッ!!!」


背中を思い切り蹴られ、身体が宙に浮く。

あぁ死ぬのだ。

本当に・・・


メロンパンなんか買いに行かず、家にあったトーストを食べておけば、こんな事にはならなかったのだろうか。


休憩中の沈黙を破って柄にもなく後輩の女の子に映画の話なんてしなければこんな事にはならなかったのだろうか。


それとも、そもそも実家を出たりせず、農家を継いでいればこんな事にはならなかったのだろうか。


考えれば考える程、まだ生きたい、生きたかったと強く思う。

自らの死の間際、研ぎ澄まされた神経の中で、シスコンクソ野郎に殺されずに済む道は無かったのか、もっと他の生き方があったのではないかと後悔の念が頭をよぎる。


目の前に、ゆらりゆらりと揺れるナニかが近づいていく。

水面がもうこんなにも近い。

アレに叩きつけられて、俺は死ぬ。


そんな中、ふと思う。

誰も懐中電灯で堤から下を照らしてなどいなかった。

柵を越えたのは俺だけで、せいぜいあのシスコンが俺の背中を蹴りつける為に足を出した程度だ。

山道を登る間、道を照らしていたのは男達の懐中電灯だけで、月明かりは無い。

あまり覚えていないが多分今日は新月だったのではないだろうか。


ダムの堤は高く、夜の闇の中では水面など見えるはずもない。

まして何の明かりもなく。


では、あの堤の上からでも見えたあの揺らぎは一体何だったのか。

今、目の前に迫る()()()()()()は一体何だと言うのか。




揺らぎの中に身を(ゆだ)ね、固く目を(つむ)る。



強い、強い光が(まぶた)を通して伝わってくる。

ゆっくりと目を開けるが、視界はホワイトアウトしたかのように眩しく、何も見えない。

身体は今も落下し続けている。


人は自分が死んだ事に気づけるのだろうか、そんな事を考える。

人は死を迎えた後、死ぬ最後の瞬間を永遠に感じ続けるのだという話をどこかで聞いた事がある。


ではこれは、そう言う事なのだろうか?

俺は今死んで、永遠に落下し続けるのだろうか?

だとしたら、叩きつけられた瞬間の痛みを永遠に感じ続けるのではなくて本当に良かった。


そんな事を考えたその刹那(せつな)

身体全体を激しい痛みが走り抜けた。

いや、走り続けていると言うべきだ。

身体がバラバラになる感覚が何度も何度も意識を襲う。

身体中の神経の一つ一つを針で突くかのような鋭い痛みで、意識が飛びそうになる。

だが、決してそれを許してはくれない。


叫ぶ事すら許されず、身体が全て砂つぶにでもなったかのように崩れていく感覚。


そして、

別のナニかが、

崩れて消える身体の代わりに、

俺を再構築していく。


これは、何だ。

頭から何まで全て崩れて消え、もう一度創り直されていく、そんな中で、意識だけが鮮明になっていく。


意識だけそのまま、別のナニかに、俺はなろうとしている。

そんな気がするのだ。


だが、これは俺じゃない。

別の誰かの身体の中に閉じ込められる。

そんな強烈な違和感。


やっと、ハッキリと身体の感覚を覚えた所で、自分がまだ落ち続けている事に気がついた。


死にたくない。

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!!

まだ、何にも成せていない。

まだ何者にもなれていない。

あの時ああしていればなんて、そんな事を考えながら死ぬような人間のまま死ぬなんて、

絶対に嫌だ。

後悔にまみれて死んでいくなんて、

絶対に嫌だ。


もし、もう一度やり直せたのなら、今度こそ、後悔せずに死んでやるのに。

後悔しないように、全力で生きてやるのに。



白く、塗りつぶされた視界が、より強く(またた)いて、光る。

そこでやっと、意識が消えた。



俺はきっと、死んだのだ。

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