盗賊のモノは僕のモノ
僕は寮の自室でベータの話を聞いていた。
学園の授業を終えた夜、定期的な報告タイムだ。
「武神祭の事件でドエムの立場は……」
「ふむ」
姉さんの話も考慮していろいろ考えたんだけど、やっぱり無法都市は熱いよね。
そもそも最近盗賊狩りとかしてなかったし、無法都市って要するに盗賊に毛が生えた連中の集まりなんだろうし、つまり盗賊のモノは僕のモノだからね。
「イプシロンも動きやすくなったようです。オリアナ王国の内部に……」
「ふむ」
姉さんも言っていたけど、将来の仕事の話。
あれって要するに、お金があればオッケーでしょ。
お金があれば何とでもなる。
無法都市は盗賊に毛が生えた連中がたくさんいる。
そしてその親玉は悪いことしてがっぽり稼いでるはず。
だから僕がぶっ飛ばしてお宝を頂いてしまえばすべての問題が解決するのだ。
「シャドウガーデンの戦力も順調に拡大し、アレクサンドリアの研究所では蒸気機関の開発に着手……」
「ふむ」
一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入れば仕事なんてどうにでもなる。
むしろその時の気分で門番になったり、護衛になったり、無職になったり、パン屋さんになったりいろんなモブを経験できるのだ。
人はお金を得ることで、お金に縛られない人生を得るのだ。
今いいこと言ったね。
そんなわけで、無法都市の勢力は三つあってそのうちの一つは残念だけど壊滅確定かな。
どれにしようかな。
全部でもいいんだけど、一気にやっちゃうと後の楽しみがなくなるし。
『血の女王』がなんだか一番ワクワクするし、真祖の吸血鬼とか消滅パターンいくらでも妄想できるし最高なんだけど、デザートは最後に取っておきたい気持ちもあるし。
迷うなぁ。
でも現状最有力滅亡勢力はやっぱり『血の女王』かな。
「報告は以上です」
「ふむ」
「何か至らない点がございましたら何なりと……」
「臭うな……」
跪き頭を垂れるベータに声をかけると、彼女はビクッと震えた。
「無法都市か……血の臭いだ……」
「よかった私じゃなかった……」
ベータが小声で呟く。
「『血の女王』が動いているようだな……」
「そのようです。『血の女王』と教団の繋がりは薄いので追っていませんが……」
「嵐が来る……血の嵐だ……」
「血の嵐……?」
「月を見ろベータ」
「月ですか……?」
僕は窓の外に浮かぶ気持ち赤い月を指す。
「あ、いつもより赤い……?」
「気づいたか、赤き月だ……」
「――ッ!? まさかあれが伝説の『赤き月』なのですか……!?」
「……そうだとしたら?」
呆然と月を眺めるベータを横目に、僕は血のように赤いワインをランプに掲げて口に含む。
伝説の『赤き月』か。
伝説ってつければ何でもそれっぽくなるね。
「そ、そんな……だとしたら無法都市は……いえ、それだけでなく周辺国家にもッ……!」
「案ずるな」
「し、しかし! すぐにシャドウガーデンを派遣し――!」
「案ずるな……そう言ったはずだが?」
「ッ!! し、失礼いたしました……」
僕は震えるベータを見下ろし優雅に脚を組む。
「この件は任せろ」
「まさか……シャドウ様お一人で向かうおつもりですか!?」
「不服か……?」
「い、いえ……それが最も確実であることは理解できます。し、しかしシャドウ様の身にもしものことがあれば我らは……私はッ……!」
「案ずるな」
「シャドウ様……?」
僕は唇の端で笑った。
「所詮……月が赤いだけの話だ。そうだろう?」
「――ッ!?」
ベータが目を見開いて僕を見た。
最初は驚愕の顔で、そして次第に柔らかな笑みへと変わった。
「お見逸れいたしました」
そして深く頭を下げる。
「ただ月が赤いだけ……。伝説も、シャドウ様の前では形無しですね」
いやほんと月がちょっと赤っぽいだけなのにいつの間にか伝説の『赤き月』になってるあたり流石である。
「赤い月も、美しいと思わないか……?」
「ふふっ……そうですね。ご武運をお祈りしております」
「飲むか……?」
「はい! 頂きます」
僕とベータは月を眺めてワインを愉しんだ。
さて、秋休みは無法都市でドカンと一発やりますか。