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最後の務め

 あの、アイリス・ミドガルがたった一太刀で敗れた。


 ドエムはその現実を前に、呆然と立ちすくんだ。


 裏の世界に生きるドエムはアイリス・ミドガルを超える実力者を知っている。しかし、ドエムの知る最強の魔剣士をもってしても、果たしてアイリスを一太刀で破ることができるだろうか。


 否。


 不意を突くか、偶然でなければ、まず無理だ。


 つまりこれは、あってはならないことだ。


 アイリスを一太刀で破ったジミナこそ、ドエムの知る最高の魔剣士ということになってしまう。


 こんな、若造が……!


 下から追い抜かれる瞬間ほど、彼の誇りは傷つけられる。


 ドエムの心にあった驚愕は、知らぬ間に燃え上がるような嫉妬に塗り潰された。


 脳がジミナを拒絶し否定する。


 アイリスが一太刀で敗れた要因には偶然の要素があったはずだ。仮に偶然でなかったとしても、戦いには相性の問題がある。たまたま、ジミナにとってアイリスが戦いやすい相手だったのかもしれない。


 他にも、アイリスの不可解な行動も疑問だ。突然、何かを警戒するように足を止めたり、無意味にジミナの周囲を回ったり。アイリスの調子が悪かったか、ジミナが何か搦め手を使ったかだろう。


 ジミナの実力を否定する材料はいくらでもある。


 だが、それでも。


 ドエムの本能が、このジミナの剣に屈しようとしていた。


 ジミナと自分とでは見ている世界が違うことに彼は気づいてしまった。


 闘いに対する理論が、考え方が根本から違う。自分がこの先何百年鍛錬しようとも、この青年には絶対に追いつけない。それほど、ジミナの剣は洗練されていた。あらゆる武の優れた点を練り合わせたような彼の剣は、唯一無二の芸術作品のように研ぎ澄まされているのだ。


 ジミナの実力を否定すると同時に、ジミナの剣にただ少年のように憧れた。


 幼き日、師に憧れたように、ジミナの剣には武人を引き付ける魔性があった。


 ギリッ、と。ドエムの歯が軋んだ。


 認められない。


 まだ、この青年が最強と決まったわけではない。


 ドエムは数多の実力者を知っている。しかし教団の最高幹部の全力はまだ見たことはないのだ。


 だから最強は、ジミナではない。


「ベアトリクス様はこの試合どう見ましたか?」


 ドエムはジミナを否定の言葉を欲して聞いた。


 ベアトリクスはローブから覗く青い瞳でジミナを見据えている。その瞳にあったのは……感嘆。


「……戦ってみたい」


「は?」


 ドエムが真意を訊ねようとした瞬間、会場がどよめいた。


 ドエムが試合場を見ると、そこにいたのは……。


「ローズ・オリアナ……」


 ドエムの頬が嘲るように歪んだ。


 来たか。


 やはり、愚かな女だ。オリアナ王国も、国王も、もう手遅れなのだ。傀儡の王はもう抜け殻だ。おかげで国の中枢も掌握している。それが理解できずにのこのこと現れるとは、王女にあるまじき甘さだ。


 ドエムは歪んだ笑みを悟られぬように口元を隠し、オリアナ国王を伴って前に出た。


「愛しのローズ王女。ようやく戻られたのですね」


 特別室からは試合場に続く一本の階段がある。ドエムはオリアナ国王を伴って、階段を下りていく。


「ローズよ、よくぞ戻った。さあ、こっちへおいで」


 ドエムの指示でオリアナ国王が言葉を発する。心のない、抜け殻の言葉。


 ドエムは階段を下りながら配下に目で指示を出し、いつでもローズを確保できるよう準備する。


 ローズが階段を上ってくる。


「父上、私は謝罪に参りました。今までのことを、そしてこれからのことを……。私は間違いを犯し、そしてこれからも間違うでしょう。しかし私は、オリアナ王国の王女として、そしてあなたの娘として……私の信じる道を歩いています」


 ローズの声は震えていた。そしてその瞳には涙が浮かんでいた。


 だが、ローズの瞳にはまだ決意があった。


 ドエムはそれを瞬時に読み取り、一歩下がった。


 まずは王を先行させる。


 王を盾にすれば、この女は何もできない。


 傀儡の王さえいれば、ドエムの計画はすべてうまくいく。


「そなたの罪を許そう」


 オリアナ国王はそう言った。それは、ドエムの指示していない言葉だった。


「ありがとうございます、父上」


 それからは、一瞬の出来事だった。


 ローズが腰の剣を抜き、ドエムが反応し国王の背後に隠れた。


 ドエムの配下たちが動き出す。


 だがローズはあまりにも速すぎた。


 ドエムが驚愕に目を見開く。


「なッ!?」


 すべてを置き去りにした彼女は、その細剣でオリアナ国王の心臓を貫いた。


「王女として、そして娘として……これが最後の務めです」


 ローズを抱きしめるように動いた王の手は、途中で力を失くして垂れ下がった。 細剣は王の心臓を確かに貫き、背後のドエムの腹へ突き刺さっている。


「今までありがとうございました、父上」


 そして彼女は剣を抜いた。


 王の心臓から血が噴き、彼は崩れ落ちる。


 彼女の瞳から、ついに涙が溢れだした。


「き、貴様あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ドエムが絶叫する。


 ドエムの腹からも血が溢れていた。しかし致命傷ではない。


 彼の怒りは、傀儡の喪失にある。ドエムの計画が――砕けた。


「さっさと捕らえろおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 配下がローズに殺到する。


 ローズは逃げなかった。


 彼女はその細剣の切っ先を自らの首に当て、ドエムを見据え笑った。


 まさか――。


 ドエムの顔が蒼白になる。


「や、やめ、やめろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そしてローズがその首に剣を突き刺そうとした、その瞬間。


「――それが貴様の選択か」


 まるで芸術のように美しい一閃が、ローズの剣と、そして彼女を囲う剣を薙ぎ払った。


 そこに現れたのは平凡な青年ジミナ。


「あ、あなたは……」


 しかし彼が持つ剣は、夜の闇のように深い漆黒の刀だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ドMのこういうこと好きだわw 徹頭徹尾完全な悪役なのに芸術とか剣術とか凄い物は素直に凄いと感動してしまうの凄くいい
[一言] 王を殺されてもよかったんじゃないの?
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