誰だよお前
週が明けて武神祭本戦が始まった。
姉さんは先に会場入りするらしい。僕は姉さんに貰ったチケット片手に席を探していた。
豪華な金箔つきのチケットはいかにも特別席らしい。裏面の座席案内を頼りに進んでいくと、なにやらゴージャスな扉の部屋があった。普通の観客席とは違い、ここだけ謎に隔離されている。
まさかここじゃないよね、と思いながら扉の前のスタッフさんに確認すると、まさかここだった。
僕は非常に丁寧な対応で室内に案内され、中に入った瞬間帰りたくなった。
ここは特別席なんかじゃない。ハイパーVIP席だった。
どこかでみた覚えのある大貴族の皆様とそのご家族。学園の上位カースト勢はだいたいセットでいる。王都ブシン流1部の授業で一緒だった現役魔剣騎士団長の娘さんに、公爵家のイケメン次男君。見覚えのある顔ぶればかりだ。
案内されて席に着くと、隣には王族の方がいた。
「あら、あなたは?」
燃えるような赤い瞳と髪の美女。アレクシアの姉、アイリス・ミドガル王女がいた。
「私はシド・カゲノーと申します。席を間違えてしまったようです。では、失礼致します」
華麗なる回れ右で退出を試みる。
「あら、クレアさんの弟さんですか。ということはクレアさんはあなたにチケットを譲ったのですね」
「……姉をご存じで?」
退出は失敗に終わった。王族に話しかけられては無視できない。ただしアレクシアを除く。
「ええ、妹の誘拐事件をきっかけに仲良くなりました。クレアさんは卒業後は紅の騎士団に入団予定ですよ。どうぞ、席に着いてください」
「いえ……」
「席は間違いないですよ。どうぞお座りください」
「……失礼します」
アイリス王女の悪意のない笑顔が辛い。アレクシアのように悪意しかない笑顔なら中指立てて回れ右余裕なのだ。
「クレアさんからはよくシドさんの話を聞いています。とても仲がいい姉弟のようで羨ましいです」
「いえ、それほどでもないはずです」
「そういえばシドさんはアレクシアとも仲良くしてくれているようですね」
「仲良くというか、まぁ……投げられた金貨を拾うだけの関係でしたが」
「投げられた金貨?」
「犬に棒を投げて取ってこさせるやつです」
「お犬さんと一緒に遊んでいたのですね。アレクシアがお世話になりました」
「お犬さんと一緒というか僕がお犬さん……なんでもないです。そうですね、金貨の出所は王家ですから、そういう意味ではこちらこそお世話になりました」
僕の話を聞くアイリス王女は心から嬉しそうに微笑んだ。
「妹とシドさんは本当に仲が良さそうですね」
「いえいえ、全くそんなことはありません」
「本当は今日アレクシアも来る予定だったのですが、急に来たくないと言いだして……」
「ハハッ、そうでしたか」
「ごめんなさいね」
「いえいえいえ。お気になさらず、本当に」
そんな感じで僕らはサービスのドリンクを飲みながらしばらくお話しした。
「アイリス様の今年の注目選手は誰でしょう」
現役魔剣騎士団長の娘さんが話に加わった。
「ボクも知りたいですね」
公爵家のイケメン次男君も話にのっかる。
彼らは王都ブシン流の繋がりでアイリス王女と知り合いらしい。
「本戦に出場する選手は皆注目していますが、あえて挙げるとしたら……」
アイリス王女は頬に手を当てて言葉を選ぶ。
「元ベガルタ七武剣のアンネローゼさんですね。武神祭本戦は見知った顔が並びますが、彼女は今年初出場です。予選の決勝も見ましたが確かな実力があります。勝ち進めば2回戦で私と当たることになりますが、楽しみですね……」
微笑む彼女の顔には自信があった。
「私も見ましたがアンネローゼ様は強いです。今の私では勝てそうにない……」
「ボクも見ました。ですが勝つのはアイリス様です。あの事件から王都ブシン流の風当たりが強いですからここでアイリス様に優勝してもらえれば……」
「ちょっと、アイリス様に押し付けるのは違うでしょう」
「いや、ボクはそんなつもりは……」
言い争う二人を、アイリスの声が遮る。
「いいのです。元より優勝するつもりですから。王都ブシン流も、この国も。すべて背負うつもりです」
「アイリス様……」
「流石です」
なんだか真面目な雰囲気で申し訳ないんだが、ぜひこの話題には僕も混ぜてほしい。
「あの、他に注目選手います……?」
僕は空気を読まずにカットインした。
「そういえばあなた誰?」
「いや、どこかで見た気が……。ああ、前に1部にきた後輩だな」
「あ、思い出した。アレクシア様の……」
「彼はシド・カゲノーさん。クレアさんの弟です」
アイリス王女のフォローに二人は納得の表情で頷く。
「クレアさんと違って君には才能がなかったな。諦めずに鍛錬するんだぞ」
「パッとしない剣だったね。上を見ても始まらないから、地道にやっていきなよ」
先輩二人のありがたいアドバイスに感謝。
「どうも。それで、アイリス様は他に注目選手はいますか?」
「そうですね……」
「た、例えばアンネローゼ様の1回戦の相手のジミナとか。か、か、彼も今回初出場ですよ」
僕は極めて自然な流れでジミナの反応調査をする。
「ジミナ……彼の試合はまだ見てませんのでなんとも」
アイリス王女は言葉を濁した。
オーケー。アイリス王女はまだジミナを知らない、と。
「あ、私見たよ。剣は速かったけど、それだけかな。構えが素人で、運良く勝ち進んだ感じ。アンネローゼ様の勝ちで間違いないと思うよ」
「ボクも見たが……彼は本戦の舞台に上がるには相応しくないね。勢いだけで実力はないよ」
二人はジミナを雑魚認定、と。
だいたい予定通りだな。ここまでジミナへの評価はほぼ完全にコントロールできている。
すべての準備は調った。
ここから、始まるのだ……。
「選手ではありませんが、一人注目している方がいます」
聞くこと聞いたしもう満足していた僕に、アイリス王女が言った。
「武神祭の初代優勝者で、武神と呼ばれたエルフの剣聖が王都に来ているようです」
「エルフの剣聖……まさか!」
「彼女はもう10年以上表舞台には立っていないはず!」
えっと。
「武神ベアトリクス様の動向に、本戦出場者は誰もが注目しています」
誰?
僕は注目していなかった。