表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/206

すべて彼の想定の範囲内

 景色が変わった。


 そこはどこまでも続く白い空間だった。空も、大地も、地平線の先も、どこまでも平坦な白が続く。


 アルファとデルタ、そしてネルソンが対峙する。


 ネルソンの姿がブレて、2人に増える。


 デルタが身を屈めたまま、そろりそろりと間合いを詰めていく。


 アルファは腕を組み武器すら構えていなかった。ただ、どこか観察するように2人のネルソンを見据えていた。


「……シッ!」


 息を吐く音と共に、デルタが仕掛けた。


 低く身を屈めたその姿は、獣が地を駆るようだ。


 デルタは駆る勢いをそのままに、漆黒の刀を薙ぎ払う。


 それは人の身長より遥かに長い刀だった。そこには技も心もなく、純粋な暴力がある。


 凄まじい衝撃が大気を揺らした。


 全てを薙ぎ払う暴力がネルソンを弾き、彼は吹き飛んだ。


 かろうじて防いだようだったが、その顔には隠し切れない驚愕がある。


「化物かッ……!」


 デルタが嗤った。


 追撃に向かうデルタを止めたのは、2人目のネルソンだった。駆けるデルタの真横から大剣が襲う。


 しかし。


「まず1人」


「ぁッ……?」


 大剣を振りかぶるネルソンの顔に、漆黒の刀が生えた。


 いつの間にか背後にいたアルファが、ネルソンの顔に刀を突き刺したのだ。そのままアルファはネルソンの首を刈った。


 音もなく、殺気もなく、ただ淡々と、ネルソンの頭が飛んだ。


 血が噴き出し、白い大地に鮮やかな染みを作る。


 しかし次の瞬間、その死体は鏡が割れるように粉々に砕かれ、どこかに消えていった。


「感触は人だった。動きも、匂いも、人ね。これも聖域の防衛機能かしら」


 血糊も消えた刀を眺めて、アルファが呟いた。


「いかにも」


 ネルソンは動揺を隠して構える。そしてその姿が2人になり、さらに4人に増えた。


「少し油断していたようだ。今度は4人でお相手しよう」


 1人を残し、3人のネルソンが前に出る。


 その中にデルタが突っ込んだ。


 数の不利も包囲されるリスクも関係ない。ただ獲物を目掛け猛進した。


「所詮獣か……」


 ネルソンが嗤った。


 デルタも嗤った。


 デルタは正面のネルソンをその大剣ごと叩き割った。


 しかしデルタを囲むように動いた2人がデルタを襲う。


 横薙ぎに振られた大剣は、前後から鋏のように襲い来る。


 退路を断たれたデルタは、前方から迫る大剣を刀で弾き、首だけで後方に振り返った。


 そして。


 デルタは背後から来た大剣を咥えた。


 デルタの犬歯が突き刺さり、鈍い音を立てて大剣が噛み砕かれる。


「は……?」


 ネルソンは間抜けな声を上げた。


 ネルソンが目を擦っている間に、残った2人のネルソンがアルファに殺された。


「馬鹿な……」


 アルファとデルタの魔力はその多くが制限されているはずだ。聖域の力によって制御も安定しないはずなのだ。まともに戦えるはずがない。


 しかし、彼女たちはこの制限された状況で、複数のネルソンを倒した。


 それは常識では考えられないことだった。


「貴様らは自力で覚醒したのか……? その手法は既に失われたはず……」


 ネルソンの呟きに、アルファは微笑みで答えた。


 デルタはスライムボディスーツの制御に手間取っているようだ。スライムを手づかみで胸と下半身に貼り付けて、簡易のビキニアーマーを作っていた。


 顔と身体を最低限隠せて、デルタは満足そうに頷いている。


「ま、まぁ、この程度は想定の範囲内だ……」


 ちょっと震える声でネルソンは言った。


「見せてやろう、これが全力」


 その言葉と同時に、ネルソンの姿が増えた。


 その数はこれまでの比ではない。10人を優に超え、100人に迫るほどだ。


「獲物がいっぱいぃ……」


 デルタはとても嬉しそうに嗤って、やはりその中に突っ込んだ。


「数的不利も理解できんのか、獣め!」


 しかしデルタとネルソンが衝突すると、ネルソンの顔が引きつった。


 ネルソンが数体、冗談のように宙に舞った。


「アアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!」


 デルタの咆哮が、まるで質の悪い嗤い声のように響く。


 虐殺が始まった。


 デルタの漆黒の刀が扇風機みたいに回るのを、アレクシアは少し離れた場所から呆然と眺めていた。


 その太刀筋はシャドウのものとは違う、アルファやイプシロンとも違った。


 型が無く、技も無く、ただ純粋な暴力がある。それはアレクシアの考える強さとは別の方を向いていた。


 あなたそれでいいの? 


 とアレクシアは聞きたくなった。


 だが強いのは事実だ。それも、途方もなく。


 そこにアルファも加わって、ネルソンは瞬く間に駆逐されていく。


「なぜだ、なぜこうも簡単に……」


「あなたはきっと研究者だったのね」


 どこか憐れむように、アルファは言った。


「コピーがいくら増えても、頭脳は1つ。人間は複数の身体を制御できるほど優れた頭脳はもっていない。それが100体にもなれば、ただの案山子ね」


 そしてデルタが最後のコピーを倒し、尻尾を振りながら歩いていく。


「あと一匹ぃ……」


 その顔は凶悪に嗤っていた。まるで血に飢えた獣だ。


「ひっ……!」


 ネルソンが後退る。 


「無限にコピーを生み出せるというわけでもなさそうね」


 その様子を見てアルファが淡々と述べる。


 事実、ネルソンにコピーを生み出す力はもうなかった。


 だから……。


 彼は聖域を守る最後の番人を呼び出した。


「来い、早く来いぃ……!」


 その情けない声に応えて、空間が裂けた。


 そこから光が零れ出し、それは一人の女性の姿を形作る。そのアルファにそっくりの女性は……。


「オリヴィエ……」


 アレクシアが呟いた。


 それは、英雄オリヴィエだった。しかしその瞳に力がない。ガラス玉のような空虚な瞳が、どこか悲しかった。


 彼女はネルソンを護るかのように、デルタの前に立ち塞がった。


 デルタは嗤った。


 しかし、珍しくすぐに仕掛けない。間合いも詰めない。


 ただ舐めるように、血走った眼で獲物を観察していた。


「英雄オリヴィエ……やはりあなたは……」


 アルファが唇を噛んだ。


 デルタは唇を舐めて、涎を拭った。


 その時。


「アルファ様、調査が終わりました!」


 豊満な肉体の黒ずくめの女が現れた。しかし彼女はなぜかずいぶん遠くにいる。


「イプシロン……。なら下見は終わりね」


 アルファは踵を返し引き返す。


「に、逃げるのか……!」


 ほっとした声でネルソンが言う。


「小物の命に興味はないわ。我らの目的は力の源を断つこと。聖域の防衛がどんなものかもわかった。次は、無理やりこじ開けに来るわ」


「に、逃がすと思うか」


「あら、追ってくれるの?」


「ひっ!」


 ネルソンはオリヴィエの後ろに隠れた。


「デルタ、行くわよ……デルタッ!」


 アルファがデルタの首根っこを掴むと、デルタはそれを振り払い牙を剥く。


「ガァッ!!」


「ぁ?」


 そして、ビクッと我に返った。


「がぅ、ごめんなさいです……」


「行くわよ」


 耳を伏せ尻尾を丸めてデルタはアルファについていく。


「アルファ様早く! 出口はこちらです! 早く、早く!」


 早くを連呼し手を振るイプシロンだった。二つのスライムがボインボインと揺れる。


 イプシロンが指さす光の裂け目に全員入って、聖域に平穏が訪れた。


 ネルソンは座り込み、ほっと溜息を吐く。


「ま、まぁいい、アルファとやらの顔は覚えた。奴の血を得れば完成に近づくだろう。想定の範囲内だ」


 ぶつぶつと呟く。


「ま、まずは上に報告だ。聖域に誘い出し、罠にはめて、アルファの正体を暴いた手柄にしよう」


 そして保身に走る。


「そして……ん?」


 その時、ネルソンは聖域の違和感に気づいた。


「まさか……聖域の中心にネズミが入り込んだか?」


 ネルソンは辺りを見回し悪い笑みを浮かべた。


「ふん、憂さ晴らしに嬲ってやろう。オリヴィエ、ついてこい」


 そして、ネルソンとオリヴィエの姿も消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ