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高度な心理戦の行方

 それは、レックスが部下と校舎の廊下を歩いている最中に起こった。


 アーティファクトを捜索していた彼らは突然の怪奇現象に襲われた。


 前を歩くレックスの部下が、彼の目前で突然消えたのだ。


「は?」


 何が起こったかわからず、辺りを見回すレックス。 だが付近に怪しい影はない。


 手掛かりと言えば、何か空を切るような音が聞こえたぐらいか。


 シュン、シュン、と空気を裂く音が聞こえる。


 そして。


「……ッ!」


 レックスの隣にいた部下が、突然消えた。


 だが今回はかろうじて見えた。


 血濡れの学生服を着た少年だ。


 そいつが、部下を掌底で気絶させそのまま連れ去ったのだ。


 視力を限界まで強化し、集中し、それでようやく視認できた。それほどの早業。


「気をつけろ、敵だッ!」


 レックスは叫び、周囲を警戒する。


「……あ?」


 そして、ポカンと立ち尽くした。


 背後にいたはずの部下がどこにもいない。


 いつの間にかレックスはこの長い廊下で一人きりになっていた。


 そして、シュン……と。


 音が聞こえたその直後、レックスは全力で心臓を守った。


「ぐッ……!」


 掌底がレックスの腕を叩いた。


 ビキ、と。


 骨が折れる嫌な音と共に、レックスは後方へ吹き飛ばされた。


「く……そがッ!!」


 しかし、即座に体勢を立て直し剣を抜く。


 だが、そこにはもう誰もいない。


 レックスは舌打ちした。


 たった一撃の掌底で、魔力で保護した左腕が折れた。


 もしガードが間に合わなかったら、間違いなく心臓が破壊されていただろう。


 シュン、と。


 今度は音と同時にレックスは動いた。


 背後の気配に向けて勘だけで剣を振る。タイミングは合っていた。


 しかし。


 こいつ……まだ加速しやがるッ!


 レックスの剣は少年の後ろを空振る。レックスは咄嗟に心臓だけを守った。


「あがッ……!」


 だが肋骨を持っていかれた。


 レックスは後ろに飛んで威力を殺しながらも、少年の姿を目で追う。


 しかし、もう残像すら視認することが困難だった。


「……チッ」


 レックスは血のまじった唾を吐き、構える。


 敵の視認は困難、反撃も無理、ただ一方的に痛めつけられるだけ。


 客観的に見て、これ以上ないほどの窮地だ。


 だが……この程度の窮地、幾度も潜り抜けてきた。


 それがネームドチルドレンのレックスだ。


「性能のいいアーティファクトを使ってるようだな」 


 レックスは敵に聞こえるように言う。


 タネは分かった。


 たったこれだけの戦闘で、レックスは見抜いたのだ。


 敵の動きは人間が出し得る限界の速度を超越している。となればそこには普通ではありえない力の手助けが必須だということを。


「一見、俺が不利に見える。だが俺は騙されねぇ。てめぇも無理してんだろ?」


 人間を超越した速度を出すには、必ず犠牲が伴う。その痕跡をレックスは見逃さなかった。


「制服が血濡れだぜ?」


 そう……レックスは制服の血を見て全ての謎を解いたのだ。


 敵はアーティファクトの力で常識外の速度を得た。しかしその代償にその身を削っているのだ。


 それは敵の出血量から見ても明らかだ。もうすぐ敵は限界を迎える。その時レックスが立っていれば……彼の勝利だ。


 ほんの僅かな情報から敵を丸裸にする、それがネームドチルドレン『叛逆遊戯』のレックスなのだ。


「俺の見立てでは後二、三回ってとこか。それがてめぇの限界だ!」


 レックスは声に力を込めて言った。


 しかし、相手からの反応はない。レックスが話し始めてからずっと敵は何の動きもなく沈黙し続けている。


「図星だな」


 レックスは唇の端でニイっと嗤った。


 勝ちは見えた。


 だが……言うほどレックスに余裕があるわけではない。


 逆に言えばあと二、三回は不可視の掌底を避けなければいけないのだ。


「おら、黙っちまってどうしたんだ?」


 だからこそレックスは強気に出る。


 敵に弱気を悟られてはいけない。


 この戦いは……高度な心理戦なのだ。


「来いよ、チキン野郎!」


 シュン、と。


 空気が裂ける音と同時にレックスは勘だけで避けた。


 上体を傾け、掌底の軌道からズラす。


 が。


 速ッ!?


 咄嗟に差し込んだ右腕でガードする。


「ガァァァッッッ!!」


 ベキベキと右腕がへし折れた。


 根性だけで剣を持ち、後退する。


 しかし、敵は追ってきた。


 これまで単発の攻撃しかしなかった敵が追ってきた。


 それはつまり……勝負を決めに来たということだ。


「来やがれええええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 気合と共にレックスは急所を守る。


 敵は限界だ。


 この一撃さえ耐えれば、レックスの勝ちなのだ。


 直後、掌底がレックスの腹に突き刺さった。


「ガハッッッ!! アアァァァァァァァァァ!!」


 血反吐と共に、レックスは吹き飛んだ。


 壁を貫き、教室に転がり込み、机と椅子を巻き込んで倒れた。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


 腹を抱え血を吐く。肋骨が内臓に刺さった。


 だが……生きている。


 防御に全力を注いだのが功を奏したようだ。


「へへっ……」


 レックスは血の付いた唇で嗤って顔を上げた。


 そこで、彼は見た。


「な、なんだよこれ……」


 教室には無数の死体が折り重なって倒れていた。


 いずれも黒ずくめの男たちだ。


 外傷は少なく、一撃で倒されたことが見て取れる。


 まさかこれだけの数のチルドレンを、奴は一人で……?


 カツ、カツ、カツ、と。


 足音を鳴らして誰かが廊下を歩いてくる。


 カツ、カツ、と。


 その足音は教室の扉の前で止まった。


 沈黙。


 レックスは剣を握る手に異常な汗をかいていることに気づいた。


 カチャ、と。


 沈黙を破ってドアノブが動く。


 そして……扉が開いた。


 そこには誰もいなかった。


 ただシュン、という音がして、レックスの右腕がちぎれた。


 またシュン、と音がして、左腕がちぎれた。


 シュン。


 シュン。


 シュン。


 と。


 音が鳴るたびにレックスの肉体が欠損した。


「あ、ぁぁ、あぁぁ、ぁぁ……」


 最後に残った首が飛ばされる時、レックスはこいつに限界など存在しないことを悟った。


「君、最高だね」


 それが、命が途絶える瞬間に聞こえた音だった。

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