かゆ……うま
「キャァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!」
クリスティーナの悲鳴にマルガリさんはすぐ反応した。
「坊主ッ、行くぞ」
「は、はい!」
僕とマルガリさんは急いで階段を上り、ゴージャスな扉の前で立ち止まった。
「この奥だ!」
「壊します?」
「バカヤロウ! そんなことしたら文化財保護法違反で処刑されるぞ!」
「えぇ……緊急事態だし仕方ないんじゃ」
「ここをどこだと思ってる! 芸術の国オリアナ王国だぞ!」
マルガリさんは周囲を見渡して、
「あっちだ、あそこから入れる!」
小さな従業員用の扉を指さした。よく見るとわずかに扉が開いている。
「キャァァァァァァアアアアッ!」
その時、クリスティーナの二度目の悲鳴が響いた。
「急げッ!」
「はい」
僕はマルガリさんの後ろから小さな扉の中に入った。
そこは、大きなホールのような場所だった。何か催し物をやる予定があったのか飾り付けがされている。
しかし、美しい大理石の床は真っ赤な血で汚れていた。
爪で引っかいたような、何かを引きずったかのような、そんな血の跡。
クリスティーナは、そんな血だまりの中心で肩を押さえて剣を抜いていた。
彼女の周りを囲んでいるのは無数のゾンビたち。
「無事か!?」
「——ッ! 気を付けて、こいつら全員貴族よ!」
クリスティーナはそう言いながら剣を振り、襲いかかってきたゾンビを受け止めた。
「くッ、硬い……」
クリスティーナの剣はゾンビの腕の半ばで止まっていた。
つまりここにいた貴族連中がゾンビ化したということか。
そして当然魔力の素養もあったわけで、身体能力が高いゾンビが出来上がったのだ。
「うおおおおおぉぉぉぉおおおおおッ!」
雄たけびを上げて突っ込んだのはマルガリさんだった。
彼は大剣でゾンビを弾き飛ばして囲いを切り開いた。
「おお、マルガリさん意外とできる」
僕はこっそりゾンビを吹っ飛ばして少しだけフォローしてあげた。少しで済んだのは彼の実力だ。
「大丈夫か、嬢ちゃん」
「え、えぇ、無事よ」
「今日はなんだか絶好調だが——多勢に無勢だ、退くぞ!」
調子に乗って判断を間違えないマルガリさん。
「その方がよさそうね……」
「は、はやくこっちにッ」
僕はガタガタ震えるふりをしながら邪魔な貴族ゾンビを瞬速で排除し、退路を確保して撤退する。
「急げ、嬢ちゃん!」
「……ッ」
僕とマルガリさんは動きの鈍いクリスティーナをフォローしながら小さな扉に飛び込んだ。
「早く扉をッ」
「わかってるッ!」
マルガリさんが扉を閉めるのと、ゾンビの腕がクリスティーナの足を掴むのはほぼ同時。
ゾンビの腕が扉に挟まれ、それでもクリスティーナの足を掴んで放さない。
「おぉ……えい、えい」
僕は感動に震えながらゾンビの腕をぺちぺち蹴って、
「クッ……この!」
クリスティーナはその剣をゾンビの腕に突き刺し断ち切った。
そして、扉が完全に閉まった。
まさか扉を閉めると同時にゾンビの腕がニョキッと出てきて掴まれるシーンが見られるとは思わなかった!
感動の余韻に浸っていると、小さな扉がガタガタと揺れた。
「何か塞ぐものをッ!」
マルガリさんが扉を押さえながら叫ぶ。
「あの家具を運びましょう!」
「ほい」
僕とクリスティーナは重そうな家具を運び扉を閉鎖する。
そしてようやくマルガリさんは扉から手を放し息を吐いた。
「扉がすぐに破られることは無さそうだが……」
「いつまで持つか分からないわね」
「そうだな。交代で警戒したほうがよさそうだ。それで、食料はどうだった?」
「奥にあったわ。でも、回収する前に……」
クリスティーナはガタガタ鳴る扉の向こうを恨めし気に見据えた。
「あの状況じゃ仕方ねぇよ。どうにか回収する方法があればいいんだが」
「難しいわね。まさか貴族たちが全滅するとは思わなかったわ。彼らには警護もついていたはずよ」
「言われてみれば、確かに……」
マルガリさんが頷いた。
「血痕の中に爪の跡があったよ。大きかった」
僕はあそこで見たものを報告する。
きっと突然変異のパワーアップゾンビがいるはずだ。それがお約束なのだ。
「私も見たわ」
「爪だと……獣か何かか?」
「……わからないわ。でも、何かが潜んでいるかもしれない」
「それが本当だとすると、ここもまずいな。三人で守り切れるかどうか……」
マルガリさんが深刻そうに言うと、クリスティーナは首を振った。
「悪いけど、私はここで退場よ」
「え?」
「どういうことだ?」
僕とマルガリさんはクリスティーナに注目する。
「こういうこと」
彼女は悲しそうに笑うと、左肩を僕らの方に向けた。
「こ、これは……」
「あちゃー」
そこには無残な噛み跡が残されていた。傷口は黒く変色し、いかにも感染してそうな雰囲気だ。
「ごめんなさい……私もいずれあいつらみたいに……」
彼女は顔を伏せ声を絞り出す。
「嬢ちゃん……」
「ここから出ていくわ。迷惑はかけたくないもの」
「だ、だが……ッ」
マルガリさんは何か言おうとしたが、僕の方に縋るような視線を向けた。
「えっと……」
僕にどうしろと。
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