詐欺商会
残ったのは主に服に家具か……やはり原価が安かったり、かさ張ったりする商品は置いていったようだ。
絵画や貴金属はしっかり回収されている。
他には……金融商品のパンフレットがあるな。ミツゴシ銀行関連の商品か。
「ふむ……」
僕は気になってパンフレットを開いてみた。
『元本完全保証の超優良商品!! 投資金額の3%の分配金を毎月お支払いします!! なんと年利36%の超高利回り!!』
「詐欺やんけ!」
思わずパンフレットを破り捨てそうになった。
僕は前世で修行の傍ら投資について一通り勉強した。『陰の実力者』と潤沢な資金は切り離せないのだ。
お金について少しでも勉強したら、元本保証と聞いて鼻で笑い、毎月の分配金で爆笑し、年利36%で鼻からお茶を吹くレベルだが、知識がない人は逆に魅力を感じてしまう魔法のワードなのだ。
知識がない人ほど、元本保証で安心し、毎月の分配金で安定を感じ、そして年利36%に目がくらんでしまう。
不安だからこそ安心と安定を求め、しかし欲は捨てきれない。
詐欺はそういった人間の心理を利用してつけ込むのだ。
「これは典型的なポンジスキームだな……」
説明しよう、ポンジスキームとは――超有名な詐欺である!!
出資してもらった資金を運用し、その利益を超高利回りの分配金として毎月出資者に還元するのがよくある手法だ。
例えば客が100万ゼニーを出資したら、毎月3万ゼニーを還元するのだ。一年で100万ゼニーが136万ゼニーになる。その10倍の1000万ゼニーを預けたら、毎月30万ゼニーを受け取れる。平民ならそれだけで生活できるレベルだ。
もちろん預けた金は建前上、いつでも引き出せる。(実際に引き出せるとは言っていない)
ちなみに年利36%の超高利回りを安定させるのは世界最高の投資家でも無理だ。
だから詐欺師はそもそも運用なんてしない。
詐欺師は出資金を削って分配金として還元するのだ。
当然、そんなことを続けていれば必ずいつか破綻する。
しかしポンジスキームは、短期間で簡単に大金を稼げる効率的な詐欺なのだ。
理由は三つある。
一つ、信用を得やすい。
ポンジスキームの分配金は、最初は毎月支払われる。
人は分配金が数カ月支払われると安心するのだ。出資金のたった数%を還元しただけで信用が得られるなら安いものだ。
二つ、客が金を集めてくれる。
実際に毎月分配金が支払われると、人はもっと稼ぎたくなる。
始めは100万ゼニーだった出資が、200、400、800と膨れ上がっていき、分配金だけで生活しようと欲を出す。
金を借りて出資したり、親族や友人にも勧めたりして金を回収してくれる。つまり客が広告塔になってどんどん大金を集めてくるのだ。
三つ、バレにくい。
ポンジスキームは分配金が支払われている間は詐欺にはならないのだ。
その期間は数か月か、長いと数年にもなる。
分配金を出しながら、客がさらなる金を集めてくれるのを客の金で豪遊しながら待つ。
そして、これ以上集まらないと判断したら大金を持って逃げるのだ。
その瞬間まで客は詐欺だと気付かない。
人の心理を見事に利用し、全ての歯車を完璧に噛み合わせた、効率的な詐欺なのだ。
「いやいやいや、でもミツゴシ商会がやっちゃいかんでしょ」
ポンジスキームは効率的な詐欺ではあるが、たった一つ欠点がある。
それは、必ずいつか破綻するということだ。
だから破綻する前に逃げ場を用意しておかなければならない。
個人ならいくらでも逃げられる。しかし、ミツゴシ商会には逃げ場がないから経営破綻しかない。あまりにリスクが大きすぎる。
「いや、でもこの世界なら年利36%も不可能ではない……?」
前の世界なら絶対無理だったが、この世界は割とザルだ。
探せばボロい投資案件なんていくらでもあるだろうし、どうせ僕からパクった前世知識をフルに使うつもりだろう。
……やりそうな気がする。
「あ、投資期間は最大3年って書いてある」
だとするとマジで36%で運用するつもりなのか。
ミツゴシ商会は驚異的なスピードで事業を拡大している。おそらく、利益のほとんどを事業の拡大に使っているはずだ。
「つまり、この商品は資金回収用か」
今はとにかく金が必要なのだろう。客から金を集め、さらに信用創造で増やし、事業を拡大し続けているのだ。
「世界征服でもするつもりかな……?」
ほどほどにしておかないとまたミツゴシ商会包囲網が形成されるぞ。
でも、そうと分かればこれは超優良商品の可能性もあるが……うーん。
「ほかにいい商品ないかな」
パンフレットをパラパラ捲ってみる。
「なんてことだ……この保険、複利になっていない……この年利は最初の一年だけだろ……。こっちの年金は受給開始が55歳って……平均寿命65歳の世界だぞ……」
数字マジック満載の商品が並んでいた。
しかしこれでも前世の金融商品に比べたらいい勝負だ。
銀行や保険会社が勧めてくる合法詐欺……ではなくてぼったくり……でもなくて非常に高い価格で安心と安全を買う商品には気をつけなければならない。
「まてよ……この年金、終身年金だ」
終身年金とはその名の通り、死ぬまで毎月お金がもらえる年金だ。
この世界の平均寿命は65歳だが、僕は魔力パワーで500年は生きるつもりだから……。
「フッ……圧倒的勝利ではないか」
一番いい終身年金を探せ。
「これだ……! 毎月100万ゼニー死ぬまでもらえる……あれ?」
パンフレットの端に米粒より小さい字で何か書いてある。
『※ただし魔剣士を除く』
僕はパンフレットを破り捨てた。
「まともな商品がない……」
そう考えると、年利36%は客寄せもかねているのかもしれない。この世界の人はそもそも、投資、保険、年金といった金融商品をほとんど知らないのだ。
まずは3年間、甘い餌で釣る。
本命はその後だ。
「エグいことするなぁ……」
ふと思ったのだが、この世界でポンジスキームをやれば絶対に成功するような……いや待て、今はゾンビイベントに集中しよう。
ドエム氏の遺言でもある、オリアナ王国の王城の件も気になるし。
「しかし食品がほとんどないのは不思議だな」
スペシャルビューティードロップDXしかない。原価が安くて日持ちしない商品が多いから残していくはずだけど。
「食品がないのには訳があるのさ」
と、マルガリさんが僕の疑問に答えてくれた。