謎の建築家イータ・ロイド・ライト
着地と同時に、頭上で扉が破られる音がした。
「全力で走って! 身体強化すれば追いつかれないはずよ!」
全力で走ったら星になるので、僕はモブ魔剣士レベルのダッシュでクリスティーナさんを追った。
彼女は滑らかな魔力制御で加速していく。
「がんばって! すぐに集まって来るから、止まったら終わりよ!」
クリスティーナさんは進路を塞ぐゾンビを薙ぎ払い背後を振り返った。
「わ、わかった……ッ」
背後からゾンビが走る音がする。
その速度、ざっと犬並みだ。ゾンビにこんな速度出されたら一般人はすぐ全滅してしまう。
残念だが、この世界にはアメリカ人がいないのだ。
あ、でも魔剣士いたわ。
「この通りを真っ直ぐよ!」
「ハッ……ハッ……!」
僕はわざとらしく荒い息を吐いてモブアピールを忘れない。
前方のゾンビはクリスティーナさんが排除してくれるからモブにはありがたい。
「あそこよ!」
異世界の街並みに、なぜか和モダンな建物があった。
間違いない、ミツゴシ商会だ。
建物のセンスがもう完全に前世の現代建築である。なぜ芸術の国で和モダンをやろうと思ったのか。
どう考えてもミスマッチだ。
「何度見ても美しいわねッ! 単調な街並みに異質な文化を見事に溶け込ませた芸術的造形美ッ! 既存の価値観にとらわれない全く新しい造形美なのに、どこか悠久の歴史を感じてしまうぅぅッ!! 去年の建築オブ・ザ・イヤーを満場一致で獲得した、建築史に残る偉大な建築家イータ・ロイド・ライトに乾杯!!」
「うえぇぇ!?」
走りながら早口で和モダンデパートを褒め称えるクリスティーナさんに、僕は思わず変な声が漏れてしまった。
なぜだ。
この建物の何がいいのだ!?
冷やし中華にマヨネーズかけるレベルの文化的冒涜ではないか。
全く納得いかないまま、僕らはミツゴシ商会に到着した。
「駄目、鍵がかかっている」
「壊せばいい」
僕が剣を抜いた瞬間、クリスティーナさんの雰囲気が変わった。
「させないわ」
彼女はなぜか扉を守るかのように両手を広げて僕を睨んだ。
「たとえ王宮が破壊されても、ミツゴシ商会オリアナ支店だけは守らねばならないと言われた建築なのよ!! 人類の宝なのよ!? 指一本触れさせないッ!!」
「いやいやいや、状況考えようよ!?」
背後からは全力ダッシュのゾンビが迫っている!
「シドくんには、この扉のディティールの美しさが分からないの!?」
「わかんねーよ!?」
どう見てもただの扉だ。
「なら教えてあげる、この扉の――」
言いかけた瞬間、クリスティーナさんは僕の背後のゾンビを切り裂いた。
「この扉の装飾には繊細で美しい――」
そしてさらにゾンビを斬りながら説明を続ける。
「邪魔者は消えた、ぶっ壊そう」
ゾンビの相手で忙しいクリスティーナさんの代わりに、僕は剣に魔力を込めて振り被った。
「や、やめてええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!」
まるで愛する人を人質に取られたかのような悲痛な叫びは無視する。
イータ・ロイド・ライトなんてどうせイータに決まってる。首根っこ掴んで10枚でも20枚でも作らせてやればいいのだ。
と、その時。
ガチャッと音がして扉が開いた。
「壊すな! 早く入れ!!」
中から男の声がした。
僕はクリスティーナさんの首根っこを掴んでそこにダイブした。