闇の戦い
閉じられた王都の城門を、遠くから見据える少女がいた。
灰色の空を背景にして、ピンクブロンドの美しい髪が風に揺れている。彼女こそオリアナ王国の王女、クララ・オリアナその人だった。
「王都は我らの軍が包囲しました。クララ様に味方する諸侯が国中から続々と集まっております。集まり次第、総攻撃を仕掛けるのが得策かと」
クララの後ろに控える初老の男が言った。
「ありがとうございます。グラント侯爵、あなたが兵を集めてくれたおかげです」
クララは遠くの城門を見据えたまま言う。
「滅相もないことでございます。私では皆をまとめることなどできなかったでしょう。ひとえにクララ様のお力があってこそです。」
「私の力、か……」
クララがポツリと言った。
「何かお気に掛かることでも?」
「私にあるのは王族の肩書だけ。私は何もしていなければ、何も知らない、考えられるとしたら……」
「収容所からクララ様を連れ出したという謎の集団のことをお気になさっているのですね」
「姉様よ。姉様が、オリアナ王国のために動いているの」
「ローズ様のことは……あまりお話にならないほうが良いかと」
「どうして? 姉様が父様を刺した日から全てが始まったのよ。みんな姉様を悪く言うけれど、父様の様子はおかしかった。姉様は何かを知っていたのよ」
「ローズ様は親殺しです。たとえどんな理由があろうと、それは変わりません」
「その理由を知らなければ、全て分からないままよ。なぜお父様はおかしくなったのか、なぜ姉様は父様を殺したのか、なぜドエム派があれ程の権力を手にしたのか、なぜ私は収容所から抜け出せたのか、なぜこうも簡単に兵が集まったのか、なぜ大きな戦いもせずに城を包囲できたのか。何も分かっていないじゃない」
「それは……」
「グラント侯爵には、全てがお膳立てされているように感じません?」
グラント侯爵は厳しい顔で灰色の空を見上げた。
「……私が政治の世界で生きていくと志して程なくして、祖父から忠告を受けました。この世界には、決して近づいてはならない闇があると」
彼は静かな声で語った。
「闇、ですか……」
「遥か昔から、世界を支配し続ける大いなる闇です。その闇が何なのか、私は存じません。祖父の忠告に従い、知ろうともしませんでした。しかし、政治の世界で生きてきた中で何度も……闇の圧力を感じたことがございます。理不尽な裁判、不当な降格、突然の改竄、失踪、そして……不自然な事故死。闇を知ろうとした者は次々と消されていきました」
「その闇とは、一体何なのですか」
「先ほども申し上げたように何も知らぬのです。ただ、私は恐かった。昨日まで共に仕事をしていた者が、その明くる日には馬車の事故で帰らぬ人となり、奇しくも、時を同じくして、その者に連なる一族の屋敷が火災で焼失しました。痕跡はもちろん何もかもが消し去られてしまった。私には妻も子供もおります。だから、私は……何も見ていないふりをして参りました」
彼の口調は、誰かに懺悔しているかのようだった。
「ローズ様の事件を発端とする一連の流れには強大な圧力を感じました。それは今まで感じたことがないほど強く、私は誰よりも先に領地に戻り引き籠りました」
「しかし、グラント侯爵は兵を集い立ち上がったではありませんか」
「闇は、一つではなかったのです。闇は二つあった。一つはドエム派の背後に、そしてもう一つは……」
グラント侯爵は背後を見た。クララも彼の視線を追った。
しかし、そこには灰色の空がどこまでも続いているだけだった。
「私は駒なのですよ。二つの大きな闇が争い、そのうちの片方が私という駒を動かした。ただ、それだけです。しかし、駒にも駒なりの意思がある。私はかつての過ちを、そして親友の仇を……」
「グラント侯爵……」
強く拳を握る彼を、クララは見上げた。
「闇を滅ぼせるのは闇だけなのでしょう。確かにそれでいいのかもしれません。彼らは闇で、光の当たる場所には出てこられないのですから」
「しかしながら、遥か昔から、闇を滅ぼすのは光だと伝えられています。今こそ私は知りたいのです。全ての真相を。この戦いの裏に、何があるのかを」
クララの真っ直ぐな視線が、グラント侯爵を見つめる。
「そのためには私の光は小さすぎたようだ」
グラント侯爵は微笑んだ。
「クララ様の光のもとに、義勇軍も集っております。そのなかには、かの『黒き薔薇』に選ばれたと噂される一団もございます。無数の光が集まってきているのです」
「あの『黒き薔薇』が……」
「ゴルドー・キンメッキという未来ある青年が率いる者たちです。もしかすると、今ある光が育てば……いずれ闇を滅ぼす日がくるかもしれません。ですが、それはまだ先のことでしょう」
グラント侯爵はクララをエスコートして自陣へ歩き出す。
「まずは、お膳立てされた舞台で最高の結果を得ることに専念なさってください。おそらく、その先に答えがあるはずです」
「はい……姉様もきっと、そこにいらっしゃいます」
そして、二人は並んで歩いていった。
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