森の中のお散歩
ミリアという少女にイプシロンは心当たりがあった。
それは、主が学園に通う前の話。シャドウガーデンもまだ小さくて、主と七陰だけで活動していた。
当時、主の姉クレアがディアボロス教団に攫われたことをきっかけに、彼女たちは教団の支部を一つ壊滅させたのだ。
その支部を任されていた教団の幹部の名がオルバ。そしてオルバの短剣に刻まれた娘の名がミリア。
調査を進めると、オルバが娘のミリアを人質に取られていたことも判明した。
後に、ミリアは発見された。
しかし彼女は教団の実験によって怪物と化していた為、アルファの手で始末されたはずだ。
その遺体が教団によって回収されたということか。
「あなたたちには人の心がないの……ッ」
イプシロンは軽薄な笑みを浮かべるドエムを睨んだ。
「わざわざ私を仕留めに来てもらって悪いが、形勢逆転だな。『七陰』の首、ここに置いていってもらおうか」
砕けた棺から現れたのは、美しい少女だった。
まだあどけないその瞳と、その灰色の髪から、かつて一度だけ見たオルバの面影を感じる。
ドエムはミリアを盾にするように下がった。
「……ッ」
イプシロンもミリアを警戒し下がる。
ミリアの体内から、英雄フレイヤの亡霊に匹敵する魔力を感じた。
天幕の外の騒ぎが近づいてくる。
カイとオメガの陽動も限界が来たようだ。ここも直に包囲されるだろう。
――撤退の頃合いだ。
ドエムは取り逃すことになるが、教団の戦力は確実に削いだ。何より、教団の計画を知れたのが大きい。
感情に流されて、判断を誤るのは愚かだ。
イプシロンはその緻密な制御力で、魔力を剣に集約させた。
その一瞬の動きに、ミリアが反応する。
しかし、イプシロンの狙いは彼女ではない。
その背後――ドエムだ。
イプシロンが剣を薙ぐ。
集約された魔力が、刃となってドエムに放たれる。
「なッ!? ミリア、私を守れ!」
イプシロンを襲おうとしていたミリアは、ドエムの声に反応し進路を変えた。
そして刃の射線に入ると、膨大な魔力を発してその刃を打ち消したのだ。
イプシロンは仮面の奥で僅かに目を見開いた。
まさか、こんな方法で打ち消されるとは思わなかったのだ。
しかし、目的は達した。
イプシロンは天幕から飛び出ると、森へ疾走する。
「追えミリア! 絶対に逃がすな!!」
巨大な魔力の気配が背後から追ってくるのを感じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
陰の精鋭部隊による強襲作戦を計画した僕だったが、イプシロンたちと別れて森の中を全力ダッシュしているとヴァイオレットさんの指が反応した。
ポケットの中で彼女がモゾモゾと動くのだ。
「ちょっと、くすぐったいって」
僕は仕方なく走るのを止めると、ヴァイオレットさんを取り出した。
「なに、どうしたの?」
僕の掌の上で、ピクピクとヴァイオレットさんが動いた。
「お腹すいた?」
ペチペチと、掌が叩かれた。
「違うのか。あ、トイレかな?」
バチバチと、掌が殴られた。
「うーん、困ったな」
僕は周囲に何かあるのか探してみた。
普通の森だった。
でも空に綺麗な月が浮かんでいた。
「月が綺麗だね。でも今は忙しいから、後で一緒に見よう」
モジモジとヴァイオレットさんの指が動く。
ボディランゲージって難しい。
彼女は僕の掌から飛び降りて、地面をコロコロ転がっていく。
「お散歩かな?」
僕は彼女の後を付いていく。
少し歩くと、森の中に淡い光と魔力が集まり出した。
それは少しずつ強くなって、一人の女性の姿になっていく。
「やぁ、また会ったね」
僕はフレイヤさんにそう挨拶した。




