友達だからね!
イプシロンと一緒に城を上り、倉庫らしき扉の前にやってきた。
見張りの兵が二人いたけれど、少しの間眠ってもらう。
「この中ですね……」
真剣な顔つきでイプシロンが言う。
「そうだね」
さすがヴァイオレットさん。扉の向こうからイカツイ気配をビンビン感じる。
僕は扉を開けて倉庫の中に足を踏み入れた。
倉庫の中は壁にぽっかりと穴が開いていて、そこから月明かりが差し込んでいた。
部屋の中央には台座が一つ。
月明かりに照らされたその台座の上に、黒く干からびた一本の指が置いてあった。
ああ、ヴァイオレットさん。
こんな姿になってかわいそうに。
「シャドウ様! 気を付けてください」
「大丈夫、大丈夫」
僕はヒラヒラと手を振って台座に近づく。
友達だからね。
きっと、聖域で会った時と同じように囚われているのだ。
しかし人の指にしてはずいぶんと大きいな。黒く醜いその姿は、どこか悪魔憑きのような……。
「魔力の質も似ているかな……」
うーむ。
指一本で生き残るあたり、なかなか人間やめてるよね。
僕は以前ヴァイオレットさんにびっくり人間だと言われたけど、彼女の方がよっぽどびっくり人間だ。
悪魔憑きは魔力の暴走というか突然変異というか、病気というより体質みたいなものだと僕は思っている。
アルファたちを治したときに感じたけど、遺伝的な形質というのが一番しっくりくる。
悪魔憑きの血は少し特殊なのだ。
だけど、アルファたちがあのまま暴走を続けたとして、ヴァイオレットさんと同じ姿にはならないだろう。
アルファたちはヴァイオレットさんほど血が濃くない。むしろヴァイオレットさんが彼女たちのオリジナルのような気が……。
僕はヴァイオレットさんの指に触れた。
「危険です、シャドウ様ッ!!」
ヴァイオレットさんの指が僕に反応する。
「やあ」
挨拶代わりに魔力を流し込むと、指がぴくぴくと震えた。
「私を殺して、か……」
最後に言われた言葉。
ピクピクと頷くように指が曲がる。
彼女の言葉に従うのであれば、跡形もなく消し去ってしまえばいい。僕にはそれができる。
「ま、しないけどね」
友達だからね。
ブルブルと抗議するように指が震える。
「他のパーツを探すときに案内がないと困るだろう」
うーん、と悩むかのように指が動き、そしてピクピクと頷いた。
「持ち運びたいんだけど、ちょっと大きいな。小さくなれない?」
またヴァイオレットさんは、うーん、と指を曲げて悩んだ。
ヴァイオレットさんの指は、指のくせに僕の腕よりでかいんだよね。
「無理ならいいよ、僕がやるから」
やることは悪魔憑きを治すのと同じだ。
ヴァイオレットさんの場合は血が濃いから、アルファたちよりずっと面倒だけど。
でも指だけなら、そう時間はかからない。
僕が全力で魔力を流し込むと、ヴァイオレットさんの指が青紫の魔力に包まれていく。
そして、光が収まったそこに、普通サイズの女性の指が現れた。
左手の小指だ。
白く細い指は、爪もきれいに手入れされている。
ヴァイオレットさんの指はなぜかプルプルと震えていた。
これならポケットに入れても大丈夫。
切断面が若干グロいけど……あれ。
切断面から、ほんの僅かな魔力痕跡を感じた。その魔力は、フレイヤ(仮)と似ているような……。
もしかして彼女に斬られたのかな。
魔力が風化しすぎて確証がもてないけど。
「終わったよ。行こうか」
振り返ってイプシロンを見ると、彼女は唖然として僕を見つめていた。
「え、ええええ、ええええええええ!?」
「ほら、行くよ」
「え、ええ? は、はい、えええええええええ?」
僕は壊れたように「え」しか言わなくなったイプシロンを引っ張っていった。