彼女は何事も大げさなタイプ
モブと戦闘中のイプシロンを回収した。
アルファに報告するとか言ってたからミツゴシ商会関係のトラブルだろう。
それはいいのだが、僕の存在をアルファに報告されるのはまずい。僕はほとぼりが冷めるまで逃亡中なのだ。
打ち合わせの結果、イプシロンは『黒き薔薇』プレイに協力してくれることになった。
協力者がいればプレイの幅も広がりそうだしね。
というわけで、イプシロンは『黒き薔薇の誓い』に合流するため少年兵に変装中。イプシロンなら余裕だろう。
「似合いますでしょうか」
現地調達した男物の服に着替えたイプシロン。
「どこからどうみても少年兵だ。さすがだねイプシロン」
「これもシャドウ様に教わった魔力制御とスライムボディスーツがあってのことです。魔力制御でスライムを操作し、本来ならたっぷりあるボリュームを締め付けて少年の体形を造っているのです。呼吸が苦しいのですが、これもシャドウ様のお役に立つため……」
聞いてもいないのに、丁寧に説明してくれた。
「イプシロンは凄いなぁ。あ、僕はイプシロンの兄という設定で」
「はい、シド兄様」
「うん、そんな感じ。まだ戦後処理をしてるだろうし、しばらくその辺でサボろうか」
「部隊が多忙な間に諜報活動を行うというわけですね」
「いいね、それ」
ナイス提案。諜報員プレイはいつだって最高だ。
僕は手を掲げると、感知できないほど小さな魔力を指先に集めた。
「その技は……」
青紫の小さな光が、輝きを増していく。
「アトミック・レーダー」
そして、僕は極小の魔力をさらに小さな粒へと分解させて周囲に放った。
それは花火のように広がり、すぐに消えていく。
「僅かな魔力を極限まで圧縮し、粒子レベルに分解して放つ広域高精度の探知技ですね。極まった魔力の圧縮技術、そして神業の如き制御力、この目で見ることができて感動で涙が……」
目をウルウルさせながらイプシロンは言った。
彼女は何事も大げさなタイプなのだ。
「何より驚くのが、この神技は理論上誰にでも修得可能であるということです。僅かな魔力さえあればいいのですから。にも拘らず、この神技を会得しているのは世界でたった一人、シド兄様だけ。それはシド兄様の圧縮技術と制御力が、他の追随を許さない高みにあることの証明です」
「うむうむ」
「歴史上、シド兄様ほど卓越した技能を持つ魔剣士は存在しないでしょう。もちろん、今後も決して現れることはありません。なぜならシド兄様はいつだってオンリーワンでナンバーワンだから――」
「あ、なんか見つかった」
無限に続きそうなイプシロンの言葉を遮って僕は言った。
イプシロンは昔からこんな感じで、一生懸命僕をヨイショしてくれるいい子なのだ。昔は毎朝彼女の紅茶を飲みながら称賛されていた。
ただ、僕以外にはプライドが高くてキツイ面があって誤解されがちな性格だったりする。
「流石ですシド兄様。この僅かな間に、重要な手掛かりを見つけたのですね。これほどの速さと精度で――」
「こっちだ、ついてきて」
「――探知のできる魔剣士は世界中探してもシド兄様以外に存在しません。はい、すぐ行きます」
「この裏だね」
僕は地下道を進み何もない壁の前に立った。
「ただの壁に見えますが、成る程。隠し扉ですね」
「みたいだね」
ただし開け方が分からない。どうしよう、音をたてないように斬ろうかな。
「流石ですシド兄様」
イプシロンは目をキラキラさせて僕を見上げた。
「アーティファクトによる偽装で巧妙に隠されていますね。シャドウガーデン全員で調査しても発見には時間がかかったでしょう。今この扉を発見できたのは全てシド兄様のお力です」
イプシロンは無造作に一つのレンガを抜き取った。そして魔力を流し込むと、壁一面に膨大な魔力文字が浮かび上がる。
最後にイプシロンは凛とした声で詠唱する。
「セザム・ウーヴル・トワ」
すると、扉が現れた。
「ふむ」
なるほど、わからん。
「私が先に。危険がないか確かめます。シド兄様の身にもしものことが――」
「気を付けてね」
「――あったら私はこの先生きる意味を失くし絶望の淵に立たされることでしょう。はい、行ってきます」
そして、僕はイプシロンの後から隠し扉の中に足を踏み入れた。