モブの最期
イプシロンの胸が高鳴った。
背後から響く足音。
それは、いつだって彼女を救ってくれた。
どんな障害も打ち砕き、彼女たちを導いてくれた。
「来て……くださったのですね……」
彼女はその潤んだ瞳で背後を見た。
そこに、黒髪黒目の平凡な少年がいた。
「ク、クソッ、俺の、俺の脚が……ッ」
脚を斬られた刺客は魔力で止血を施し、平凡な少年を睨む。
「てめぇは……雑魚か。誰が俺の脚を斬りやがった、クソがッ。とりあえずてめぇは、死んどけ」
そして、無造作に振るわれた剣が黒髪の少年に迫る。
「え……?」
黒髪の少年が消えていた。
空振った剣が石畳を叩き乾いた音が鳴る。
「ど、どこに行きやが――ァガッ」
男の胸に、大きな穴が開いていた。
その穴の向こうに、少年の姿が見える。彼はその手に、血の滴る心臓を握っていた。
「お、俺の……心臓……は……?」
穴の開いた胸を押さえて、刺客は崩れ落ちた。
ビクビク、と痙攣し動かなくなる。その身体から血の染みが広がっていった。
「な、何者だ……」
最後に残った一人は、引きつった声で言う。
ベチャ、と。
少年の手から、潰れた心臓が投げ捨てられた。
「さて、何者だろう」
少年はつまらなそうに男を見据えた。
「何をした、どうやって心臓を……」
「こうやって」
いつの間にか、目前に少年がいた。
彼はその手を男の心臓に当てている。
ドク、ドク、と男の鼓動が速くなる。
「なッ――バカな、いつの間に……魔力の流れすら見えなかった……だと」
「シャドウ様……なんて美しい……」
イプシロンは至高の魔力制御に見惚れて呟いた。
「シャ、シャドウだと!? まさか、こいつが――ッ」
少年は狼狽える男をつまらなそうに観察していた。
そして――。
「君は、モブだね」
男だけに聞こえる声で、小さく呟いた。
「……え?」
男の心臓が消えていた。
胸の大穴から血が噴き出す。
少年は、抜き取った心臓を握り潰し背を向けた。
「これが……シャ……ドウ……」
胸を押さえて、男は呻く。
「モードレッド……さま……おきをつけ……くださ……」
石畳に崩れ落ち、男はそのまま息絶えた。