邪神・秒殺・〇〇〇剣ッ!!
ラギッタ伯爵の斬撃が通り過ぎる。
先ほどはなった一撃で二人を戦闘不能にしたその斬撃を、ゴルドーとクイントンは何かに導かれるように回避していた。
「――バカなッ!?」
ラギッタ伯爵は驚愕に目を見開いた。
だが、目を見開いたのはゴルドーとクイントンも同じだった。
「体が勝手に……いや、予測したのか?」
「違う、魔力がオレの中で蠢いている……これが『黒き薔薇』なのか」
二人は戸惑いながらも、剣を構えた。
「『黒き薔薇』の伝説は真実だったのか」
「オレたちは選ばれたのだろう……理由は分からん。だが、この力があれば――勝てるッ!」
二人は同時に散開し、左右からラギッタ伯爵に襲いかかる。
「調子に乗るなッ!! 雑魚が『黒き薔薇』の力を得たところでッ!!」
ラギッタ伯爵の剣撃が、二人を撥ね返した。
「――クッ!」
「やはり、強い――ッ!」
二人はその剣圧に顔を顰めた。
ラギッタ伯爵の実力は、地方領主に収まる器ではない。凄腕の魔剣士として国内外に知られていてもおかしくはない。ここが魔剣士の地位が低いオリアナ王国であるということを考慮しても、これほどの実力者が無名でいるという事実は異常だった。
普段の二人であれば、まず勝てない相手だっただろう。
「クイントン、少しの間でいい……伯爵を引き付けてくれ」
「わかった、ゴルドー」
ツルピカーノの奴隷としていくつもの修羅場を共に戦ってきた二人は、それだけで通じ合った。
例え『黒き薔薇』の力があっても、この相手に一人では勝てないだろう。
だが――二人なら。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」
雄叫びを上げ、クイントンは自慢の大剣で突貫する。
「舐めるな!! そんな単調な動き通るものかッ!!」
ラギッタ伯爵が待ち構える。
伯爵の視線はクイントンの動きを捉え、薙ぎ払おうとした。
その瞬間、クイントンが急激に加速した。
「な、なにッ!?」
クイントンの両足から、黒き魔力が噴出している。
「うおおおおおおおおおおお!!」
「――ぬうぅぅぅぅッ!」
クイントンと伯爵の剣が交差し、そのまま鍔迫り合いへと移る。
単純な力の勝負。
全身に黒き魔力を纏ったクイントンは、伯爵を押し込んでいく。
「バカなッ!? 『黒き薔薇』にこれほどの力が――ッ!?」
耐える伯爵の足元では床が割れ、罅が部屋中に広がっていく。
たまらず伯爵は、剣を捻り受け流す。
だが――クイントンは十分に時間を稼いだ。
「邪神・秒殺――ッ」
ゴルドーの黄金の魔力が渦巻く。
クイントンが何度も目にしてきた、ゴルドーの必殺技『邪神・秒殺・金龍剣』が放たれる――はずだった。
「こ、これは――!」
黄金の魔力は黒き魔力に侵食されていく。
龍を形作るはずのそれは、美しき薔薇を描いていく。
黄金の魔力は完全に黒く染まり、そして――放たれる。
「邪神・秒殺――黒薔薇剣ッ!!」
黒き薔薇の奔流が、ラギッタ伯爵に迫る。
「ば、ばかなぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
それは一瞬で伯爵を飲み込み、塵一つ残さず蒸発させた。
美しき花弁が舞い散る。
凄まじい一撃が通り過ぎた後、城の壁は貫かれ夜空の月が輝いていた。
雪のように舞い落ちる花弁は、大地を黒く染めていく。
下を見ると『黒き薔薇の誓い』の面々がゴルドーを見上げていた。
「やったな、ゴルドー」
クイントンがゴルドーの肩を叩く。
「あいつらも勝ったのか……」
「ああ。さっさと応えてやれ」
「応える……?」
城を見上げる『黒き薔薇の誓い』の兵士は皆、右手を掲げていた。
黒き花弁が刻まれた――右手を。
「あいつら……」
「理由は分からんが、俺たちは『黒き薔薇』に選ばれたみてぇだ。なあ、ゴルドー。まだ人生に見切りをつけるのは、早いんじゃねぇか」
「クイントン……」
「俺たちに何ができるか分からねぇ。どこまで行けるかも分からねぇ。だが、この国に俺たちの力が必要とされているのなら――成し遂げてやりてぇ」
「クイントン、ならお前が……」
「俺はリーダーって柄じゃねぇんだよ」
クイントンはゴルドーの背を軽く叩いた。
「さぁ、みんな待ってるぜ」
ゴルドーは右手を掲げる『黒き薔薇』の面々を見渡した。
一度は、彼らを見捨てようとした。
罪悪感がゴルドーの顔を歪ませる。
だが、彼らは共に戦う旗を求めているのだ。
ゴルドーは右手に刻まれた黒い花弁を見つめた。
「ならば、応えよう……」
そして、ゴルドー自身も挑んでみたいのだ。
「オレにできるのなら……」
ゴルドーは一歩前に出て、右手を掲げた。
「我らの勝利だ――ッ!! 『黒き薔薇』に誓いを!!」
歓声が沸き起こり、黒き薔薇が舞った。




