黒き薔薇の誓い
『黒き薔薇の誓い』の勢いは、敵の前衛を崩しそのまま突破するかに見えた。
仮にこれが異世界の戦いではなく前世での世界での戦いであれば、そのまま突破することもあり得たかもしれない。
三人のおっさんを筆頭とする『黒き薔薇の誓い』はそれほどの勢いがあった。
しかし、ここは異世界。
残念ながらこの異世界には理不尽がいる。
そう、魔剣士の存在である。
「はっはー!! お!? なんだてめぇは?」
「おらおらおら!! うぐ!? 俺の槍を止めただと!?」
「ふんふんふん!! ぬぅ! この俺が押されている……!?」
三人のおっさんの前に立ち塞がった魔剣士は、その勢いを完全に受け止めた。
魔剣士に普通の人間は勝てない。それがこの世界の戦争の常識であり、魔剣士には魔剣士を当てることがセオリーなのだ。
だが、あいにくこの陽動班に魔剣士はいない。魔剣士はすべて隠密班にいるのだ。
先頭の三人が止まれば後続も自然と止まる。
『黒き薔薇の誓い』の勢いは、この瞬間完全に停止した。
勢いが停止した素人集団に待っている結末はたった一つ。
「包囲し殲滅せよ!!」
敵の指揮官の声が戦場に響き、今まさに殺戮が始まろうとしていた。
敵兵が左右に展開し、深入りした『黒き薔薇の誓い』を包囲する。
ぶっちゃけこの状況は詰みだ。負けフラグとかそんなんじゃなくて負け確定の状況。
僕は戦いにおける理論は一通り学んでいる。個人対個人や個人対集団の戦い方に力を入れていたが、集団対集団の戦いも軽く学んでいた時期があるのだ。
この状況は、そんな僕の浅い知識でも分かる。
衆兵に包囲された寡兵。
これはもうどうにもならないのだ。
後は虐殺を待つのみである。
モブの儚い命は、こうして散ってゆくのであった。
これがモブ視点の戦争である。
「ち、ちくしょう……なんて力だ、これが魔剣士ッ」
「ぐふッ……キレが桁違いだ……」
「何もできねぇ……俺に……もっと力があれば……」
個人ではどうしようもない現実がここにある。仮にここでモブがベストを尽くしたとしても結末を変えることはできない。
「これがモブかぁ……」
理不尽だな、と僕は思った。
そして多くのモブはこの理不尽さを抱えたまま生きてきたのだろう。
つまり、この理不尽を陰ながら払拭する事ができたなら、僕はモブから見た『陰の実力者』になれるのではないだろうか?
というわけで、早速試してみた。
これは僕にとっての挑戦でもある。
今までにない、新たな試みだ。
僕は気配を消して『黒き薔薇の誓い』の中に隠れつつ、練り上げた魔力を夜空へと放った。
『黒き薔薇の誓い』だから黒い薔薇にしよっと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大気を震わすほどの膨大な魔力の衝撃に、誰もが戦いの手を止めて上空を見上げた。
「……ッ! 何があった」
「何だあれは……夜空に何か……」
「夜空より黒いあれは……薔薇か……?」
夜空に黒く巨大な薔薇が咲いていた。
その黒き薔薇は魔力によって薄く光り、月明かりの中でもその存在を主張していた。
それは誰もが見惚れるほど美しく、そして誰もが気圧されるほど強大であった。
「黒き薔薇……お伽話にあった、あの……」
「まさか、あれが黒き薔薇なのか……」
「オリアナ王国の人間なら誰だって知ってる……この国の象徴……伝説の黒き薔薇だ……」
巨大な薔薇の花弁が徐々に開いていく。
そして、突然砕け散った。
美しく、舞い落ちる。粉々になった花びらが『黒き薔薇の誓い』に降り注ぎ彼らの右手に触れた。
その花弁は、そのまま吸い込まれるように右手に黒い小さな痣を残す。
その痣は――美しき薔薇の花弁。
「まさか……俺が『黒き薔薇に』選ばれたのか……? 仕事が続かなくて、やけになって飛び出した俺が……」
「そんな、なぜ俺が……俺がここに来たのは一攫千金目当てで……国のためなんかじゃねぇのに……」
「俺は女房を質に入れたクズだ……『黒き薔薇』よ、そんな俺に力をくれるのか……?」
彼らの問いに答えるかのように、右手の痣が強く輝いた。
次の瞬間、凄まじい力が溢れた。
「なッ……これが『黒き薔薇』の力ッ!? こんな俺にも戦う資格があるのなら……この力、国のためにッ」
「すげぇ、なんて力だ……『黒き薔薇』さんよ、俺にも国のためにできることがあるんだな……」
「わかってる……これが、俺みてぇなクズが、やり直せる最後の機会だってことぐらい……ありがとよ」
そして、彼らは一斉に右手の槍を掲げた。
それは、まるで黒き薔薇に誓いを捧げるかのように、勇ましく美しかった。
「そ、そんな、まさか本当に『黒き薔薇』が……」
ラギッタ伯爵軍の兵に浮かぶ表情は恐怖だ。
『黒き薔薇』こそが、オリアナ王国の象徴であり――正義なのだ。
「はっはー!! 俺たちは『黒き薔薇の誓い』! 『黒き薔薇』の名の下に、逆賊どもに正義の鉄槌をッ!!」