三人のおっさん
ゴルドーが語った作戦はこうだ。
まず部隊を陽動班と隠密班に分ける。陽動班は闇に紛れてラギッタ伯爵の居城に先制攻撃を仕掛けて混乱させる。その間に隠密班が敵の中枢に潜り込み、ラギッタ伯爵を打ち取って降伏させるのだ。
隠密班は少数精鋭の約10名だ。その中にクイントンやゴルドーも含まれる。
陽動班は残りの約90名、僕も陽動班だ。僕の仕事は騒ぎを拡大させ時間を稼ぐことだ。時間さえ稼げば隠密班が敵を降伏させてくれる……らしい。
敵は油断しているから大丈夫だとか、城内の地図を入手したからすぐ終わるとか、敵兵は100名程度だから普通に戦ってもいけるとか、いろいろ言っていたから大丈夫なのだ。そうに違いない。
そしてこの戦いに勝利した暁には――僕らは英雄になるらしい。
なんでもラギッタ伯爵は国王派を裏切った際に秘密の兵器を奪い取ったらしいのだ。その兵器がドエム派に渡ると国王派は窮地に立たされる。隠密班はその秘密の兵器を確保する任務も兼ねているとか。
無事任務を達成し兵器を取り返した暁には、この部隊は国王派の英雄として称えられるだろう――とゴルドーたちは語り、部隊に名前を付けた。
『黒き薔薇の誓い』
それが正式な部隊名になった。黒は夜襲を意味し、薔薇はオリアナ王国の象徴である。国のために立ち上がった英雄たちの伝説が今宵始まる……らしい。
よくわかんないけど部隊名はかっこいいと思った。
そんなわけで、部隊のみんなは疲れも吹き飛び、やる気に満ち溢れていた。
決意を瞳に宿し、僕ら陽動班は隠密班と分かれて城に接近する。
雪を踏む足音だけが静かな夜に響いている。
三人のおっさんたちの目も本気だ。彼らは僕が見ていることに気づくと不敵に笑みを返した。
部隊の士気は極めて高く、雰囲気だけは成功しそうな感じがする。ただし練度ゼロ。
ラギッタ伯爵の城が近づき僕はこっそり魔力で敵の気配を探った、その結果。
悲報――敵兵500名以上いる模様。
ゴルドーは敵兵100名って言ったよね?
これあかんやつでしょ。
絶対負けるパターン入ってるでしょ。
こんな時モブはどうすればいいの。
僕はおっさん三人をチラ見して、彼らと同じように決意に満ちた眼差しで城を睨んだ。
違う、そうじゃない。
いや、モブの対応としてはそれでいいが、僕が考えるべきはこんな時陰の実力者ならどうするかだ。
陰の実力者に焦点を当てて配役を考えた時、表の実力者は物語の登場人物で、それ以外のモブは観客なのだ。
つまりモブになりきって、モブの視点から見ることで、陰の実力者という存在が明確になって来る。僕はそう仮説を立てたのだ。
合ってるかどうかは知らない。
だから、まずはただ一人のモブとしてこの戦いに挑もう。
戦いの中に、答えはあるのだ。
僕らは闇に紛れてしばらく歩き、ついに城壁に辿り着いた。
城とは言っても小さな城だ。たとえこちらの戦力が100名でも、奇襲が完全に成功し何もかもうまくいって偶然も味方すれば勝てる可能性があるかもしれない。
この戦いでモブは何を思い、陰の実力者は何を成すのか……。
内通者が城門を開けて、僕らモブたちの戦いが始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『黒き薔薇の誓い』による奇襲は、まず成功したと言っていいだろう。
僕らは一斉に雪崩れ込み、油断した敵兵たちを制圧していく。
城門の周りを制圧し僕らはそのまま中心部へと進む。
「て、て、敵襲ーーーー!!」
散発的に現れる兵士を、僕らは物量で轢き殺す。
「はっはー!! 仕事辞めてよかったぜ!! 俺は強えぇぇええええ!!」
「おらおらおら!! 畑耕してる時より体のキレがいいぜ!!」
「ふんふんふん!! 力が漲るぜ!! 女房が質屋で待っているううう!!」
パワー系の三人のおっさんたちのせいで、僕はいつの間にか先頭集団に入っていた。
集団戦というのは一方的になったらもうほとんど一方的なのだ。数と勢いには個人の力で抗うことは難しい。ただし一部の魔剣士は除く。
『黒き薔薇の誓い』の勢いは、もともと高い士気に加えて奇襲の成功によってさらに激しさを増し、勢いだけは最強の素人集団になっていた。
ガンガン突き進む凄まじい勢いに、僕はもしかしてこのままいくのかなと一瞬思った。
一瞬だけね。
前方に敵兵が集う気配を感じたのだ。
「あ、そろそろ自重した方が……」
「はっはー!!」
「おらおらおら!!」
「ふんふんふん!!」
誰も聞いちゃいない。
そのまま僕らは中心部の広場へとなだれ込み、そこで態勢を整えた敵の集団に囲まれた。
「そこまでだ、賊ども!!」
一目で分かる。数も、練度も、向こうが上。
いくら勢いに乗っていたとしても、躊躇い足を止める――はずだった。
「はっはー!! 俺たちは『黒き薔薇の誓い』!!」
「おらおらおら!! 英雄が通る、道を空けろ!!」
「ふんふんふん!! 突撃いいいいぃぃぃぃぃ!!」
え、マジ!?
しかし三人のおっさんが突っ込んで、その後にみんな続いて、そのまま戦いが始まった。