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モブの立ち回り考察

 僕は清々しい朝の気配を感じて天幕の外に出た。


 昨夜の宴の名残がまだ残っている。


 まさか新任歓迎パーティーがあるとは思わなかったな。肉に酒に甘味まで食べることができた。みんなテンションマックスで盛り上がった。僕はこっそりクイントンに媚びを売っておいた。


「起きたか、坊主」


「あ、どうも」


 僕は仕事を辞めて田舎から出てきたおっさんに声をかけられて会釈した。


「今日から任務が始まるらしいからな。ちゃんと鎧を着ておけよ」


「あ、そうでしたね」


 最初に「あ、」を付けるのがモブっぽく見せるコツである。


 実は昨日、武器防具を持っていない人たちに革の鎧と槍が貸し出されたのだ。どっちも中古だ。まあしょうがない。


 革の鎧は軽くて薄くて動きやすい。僕にとっては邪魔にならなくていいけれど、これで防御性能があるのかと聞かれると疑問だ。


 槍はいたって普通の槍だ。技量が必要な剣と違って誰でも何も考えずに突き出せば刺さるだろう。実に雑兵らしい武器でちょっとお気に入りだったりする。


 ペラペラ革鎧と雑兵槍を装備した僕は――ふふふ、誰がどう見ても新任モブ兵だ。


「似合ってるじゃねぇか」


「あ、いえそんな」


「頑張れよ坊主」


「あ、ありがとうございます」


 畑を売ったおっさんと女房を質に入れたおっさんに声をかけられた。彼らも僕とほとんど同じ装備だが、兵士というより山賊っぽい。これで堅気だというのだから驚きである。


「ま、危なくなったら俺たちが守ってやるから気楽にな」


「バテたら荷物持ってやるよ。こう見えて村一番の力持ちだったんだぜ」


「何かあったら言えよ。俺は素手でイノシシぶっ飛ばしたことあるぜ」


 自慢げに力こぶを見せるおっさんたち。厳ついけど気のいいおっさんで、この三人と僕の四人の班で行動するらしいことが昨日決まっている。


「あ、ありがとうございます! お礼に肩もみます!」


「お、そうか。じつは肩こりがひどくてな……」


 よし、これで強そうな人に取り入って肩もみするモブになれる。


 実は肩の動きが鈍いのは一目で分かっていたのだ。僕はマッサージが得意だ。人間の体にはそれなりの知識があると自負している。どう壊せばいいか理解しているし、逆にどう治せばいいのかも知っている。


 僕は座ったおっさんの肩回りに触れて骨と筋肉を確認する。原因は肩甲骨周りの筋肉が固まっていることと、背骨の歪みかな。


 腕を借りて骨を動かしつつ筋肉をほぐしていく。これだけだと限界があるから秘かに魔力を注入してさらにほぐし筋膜リリースも行い背骨と肩甲骨を調整していく。


 よし、パーフェクトだ!


「す、すげぇ! 肩が羽のように軽い! おおおお、なんじゃこりゃ!?」


 満面の笑顔でブンブン肩を回すおっさん。


 そうだろう、姉さんやアルファたちでさんざん実験したかいがあったというものだ。


「おおお、マジか! 実は俺も首が痛いんだが……」


「俺も腰が最近痛いんだが頼めるか」


「ま、任せてください」


 僕は残りのおっさん二人の施術も行った。整体師とかマッサージ師とかむしろ医者としてもいい線いけるかもしれない。陰の実力者は医療にも精通しているのだ。


「最高だ! 空でも飛べそうな気分だぜ!!」


「百人まとめてかかってきてもいけるぜ!!」


 喜んでもらえて何よりである。


 人は誰かに喜んでもらうことで自分も喜びを感じる生き物らしい。喜びは伝染するのだ。


 なるほど、僕は直接的な喜びの方がいいかな。


「お前ら出発するぞ!! 荷物をまとめて四列に並べ!!」


 クイントンが号令をかける。そして、僕らの行軍は始まった。








 昼に一時間の休憩を挟み、それ以外はほぼ歩きっぱなしで日が落ちた。


 現代日本人と比べれば皆体力はあるが、それでもハードすぎである。宴とか豪華だったし意外とちゃんとしてるかもと思ったけど初日からこれはかなりブラックなんじゃ……いや、モブは何も考えずに歩き続ければいいのだ。


 流れに逆らわず身を任せる、それがモブの掟である。


 しかし周りの顔に疲れが見える。


 暗くなって森の中にも入ったみたいだし、そろそろ脱落者が出てもおかしくない。既に50キロ以上歩いたんじゃないだろうか。


 初日にここまで無理をしてまだ一人も脱落者がいない理由は、おそらく部隊の士気が高いからだろう。一攫千金と、昨夜の宴と、いろいろあったからなぁ。


 まともに訓練などしていない、どう見ても寄せ集めの部隊だが一つだけ優れた点があるとすれば士気の高さだろう。


 でも、士気が高くても肉体には限界が来る。何事にもやる気は大事だけど、やる気だけじゃどうにもならないよね。


 そんなことを考えていると、行軍が止まった。


「ここからは火を消して、大きな音を出すな」


 ゴルドーが指示を出し、また歩き出す。


 今夜は月が明るくてよかった。木々の合間から光が差し込んでいる。


 その僅かな明かりを頼りに、僕らは森の中をしばらく歩いた。


「ここでしばらく休憩を取る」


 皆が安堵の息を吐いて崩れ落ちるように座った。


「だが、決して大きな音を立てるな。私語も禁止だ。火も使うな」


「ゴルドーさん、でも火を使わねぇと飯が……」


「今夜は飯なしだ」


「え?」


「ここはラギッタ伯爵の居城の近くだ。城の人間が寝静まるのを待って夜襲をかける」


 皆声には出さなかったが、動揺している空気が伝わってきた。


「心配するな。不安になるのもわかるが、これは必ず勝てる戦いだ」


 ゴルドーは皆を安心させるように笑って作戦の詳細を語りだした。

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