本物の彼
「残念だったなフクロウ。今さら来たところで、もう――」
「少し黙っていてください」
フクロウはマクシミリアンを一瞥した。
「……何だと」
マクシミリアンの眼光が鋭くなった。
「今さらあなたにかまっている暇はないのです」
「ほざいてろ。シャドウはもう終わりだ、後はお前さえ始末すれば――」
「あなたは最初から遊ばれていたのですよ」
「遊ばれていた……?」
「シャドウ様、お尋ねしたいことがあります」
フクロウは壁に埋もれたままのシャドウに問いかける。
「……よかろう」
少しの間をおいて、シャドウが答えた。
そして青紫の魔力が瓦礫を押しのけて、ゆっくりとシャドウが立ち上がる。
「なッ、まだそれほどの力が残っているというのか――!」
マクシミリアンは驚愕に目を見開いたが、フクロウは冷静そのものだった。
「なぜ、本気を出さないのですか」
「……その男の実力を把握しておきたかった。今後のために、な……」
「今後のためですね……わかりました。もう一つだけお尋ねします」
フクロウはどこか張り詰めた雰囲気でそう言った。
シャドウは無言で続きを促す。
「これは、どういうことですか……?」
フクロウが足元の雪を剣で払う。降り積もった雪が舞い散り、その下から黒い塊が現れた。
その黒い塊は――シド・カゲノーの姿を模したスライムだった。
「答えてください。シド君は……本当のシド君はどこに行ったのですかッ!?」
フクロウの声は、吹雪の音をかき消してあたりに響いた。それは心の叫びだった。
「その声って……」
クララが何かに気づいたかのようにフクロウを見つめる。
しかしフクロウは、ただシャドウだけを見つめていた。
シャドウは一拍置いて答える。
「シドは安全な場所にいる……」
「それはどこですか」
「……言う必要があるか?」
「――ッ」
しばらくシャドウとフクロウは見つめ合い、無言の緊張が二人の間に漂う。
そして……。
「あなたは私の命を救い、力と進むべき道を示してくれた。私は……あなたを疑いたくない。だから、その言葉を信じます……でも」
フクロウはそこで言葉を切ってシャドウを見据える。
「でも、もし嘘だったら……シド君が無事でなかったとしたら……私はあなたを許せないかもしれないッ」
シャドウは横目でフクロウを見つめて告げる。
「最初から許しを請うつもりなどない。貴様が何を知り、何を思おうと、我が道は決して揺るがぬ……」
フクロウの目が鋭く細められた。
「さて……続きといこうか」
シャドウは視線を外し、刀を軽く振った。
「では、私は任務に戻ります」
フクロウはクララに近づいていった。
「クララ王女。貴女を国王派の本営へお連れすることが私の任務です」
「あなたがフクロウ……国王派には秘策があると聞きましたが、それもあなたが関係しているのですか?」
「私ではなく、我々が手助けしています。本当はもっと詳しい説明をする予定でしたが、今は時間がありません、私に付いて来て下さい。王都を出る機会は、おそらくこれで最後です」
フクロウが差し出した手を、クララはじっと見つめた。
「あなたは……いえ、何でもありません……。分かりました、あなたを信じます」
「クララ様、本当に信じても大丈夫なのでしょうか……?」
国王派の囚人が不安そうに声をかける。
「大丈夫ですよ。きっと、私よりもずっと……」
クララは消えそうな声で何かを呟いた。
「では、私の後ろに付いて来て下さい。地下から抜けて小隊に合流します」
フクロウは傷を負ったバットを背負い、中庭から出ていく。
「待て。行かせると思ったか!」
マクシミリアンがフクロウの背に斬りかかろうと動いた。
その瞬間、膨大な殺気が彼の動きを停止させた。
「なッ――この殺気は――!?」
マクシミリアンは慌ててその場を飛びのく。
「――行かせると思ったか?」
大気が震えるほどの殺気の主は――シャドウだった。
彼は視線に殺気を込めて、マクシミリアンの動きを封じたのだ。
「シャドウ――ッ」
マクシミリアンが顔を歪めてシャドウを睨む。しかし、彼にできるのはそれだけだった。
立ち去るフクロウと国王派の人々を、マクシミリアンは悔しそうに見送ることしかできなかったのだ。
そして、最後の一人……ザックが出ていこうとしたその瞬間、またしても殺気が膨れ上がった。
「――ッ!?」
ザックがビクッと震えて振り返る。
シャドウはジーっとザックを見つめる。
そしてザックは滝のような汗を流しながらコクコクと何度も頷いた。
二人の間で視線だけの会話が交わされたようだ。
足早に、逃げるように、ザックは去っていった……。