声だけが聞こえてくる……
僕が地下倉庫から地上に戻ると、大騒ぎになっていた。
「に、逃げろ!! 巻き込まれるぞ!!」
「バカ、脱獄するんだよ!! チャンスは今しかねぇぞ!!」
中庭から大量の囚人たちが押し寄せてくる。
僕は彼らの波に飲み込まれて踏みつぶされた。
それはもう、モブらしく。
「ぶふぇぇ!? うごごごごごぉぉぉぉお!!」
あ、これはニュースとかでよくある踏まれて圧死するやつだ。
一般人ならね。
「うご!! ぺぎゃ!! ぶふょ!!」
僕の気分はサッカーボール、踏まれて蹴られて血糊を撒き散らす。
そして嵐が過ぎ去った中庭に、ボロ雑巾になった僕が倒れているというわけだ。
「ぁえ!? シ、シド!? 大丈夫!?」
モブ気分に酔いしれていると、僕はクララに抱き起こされた。
「う、ぅぅ……」
「よかった、意識はあるのね。ごめんね、巻き込んじゃって……」
彼女は僕を安全な壁際に横たえる。
「待ってて、終わったら必ず手当てするから。私にはやらなくちゃいけないことがあるの」
そして彼女は立ち上がり、中庭を見渡した。
彼女の視線の先では、国王派の囚人たちが武器を手に看守と戦っている。
「やれ!! 一気に押しつぶすぞ!!」
「止まるな、時間との勝負だ!!」
武器を振り回し、看守を蹴散らす。
戦っているのは国王派の人間だけじゃない。普通の囚人もどさくさに紛れて看守に攻撃を加えている。
「くそッ、こいつらどこで武器を……!!」
「まずいぞ、応援を呼べ!!」
多勢に無勢、看守たちは動揺もあって完全に呑まれていた。
形勢は完全に国王派に傾いているかに思えた。
しかし、塀の外から近づいてくる無数の気配を感じる。おそらく看守側の応援だろう。その中には魔剣士もいるようだ。
魔剣士が来たら終わりだ。
囚人たちは魔封の首輪で魔力を使えない。
魔剣士と普通の人間との戦いは、大人と子供が戦うようなものだ。まず勝てない。
「よし、いけるぞ!!」
「このままフクロウと合流――!」
そして、囚人たちが看守を打倒したその瞬間――ついに塀の扉が開いた。
そこには、武装した看守の増援が駆けつけていた。
「そこまでだ!! すぐに武器を捨てろ!!」
「な、増援だと!? 早すぎるッ――!」
「まずいぞ。どうして、こんなに早く……」
うん、彼らの言う通りちょっと早い気がする。でも、こうなってしまった以上勝敗は決まったようなものだ。
「そんな――まだ時間はあるはずなのに。どうして……」
クララの顔も険しい。
彼女にとっても、ここで止まるのは想定外だったようだ。
ぞろぞろと、武装した看守たちが中庭を囲む。
「お、俺たちは関係ない!」
便乗して加わっていただけの囚人たちの戦意は、もう折れているようだ。
「そ、そうだ、たまたま巻き込まれて……」
その割に返り血が派手だけどね。
ま、残るは国王派の囚人たちだけ。彼らは険しい顔をしながらも、武器を構えて看守たちを睨んでいた。
「最期の警告だ、武器を捨てろ」
静かに、隊長格の看守が告げた。
国王派はまだ戦う気のようだが、ここまでだ。
「シド、ごめんね。もう手当てできないみたい」
クララは僕にささやいて、覚悟を決めた顔で前に出ていく。
これで終わりだ……普通だったらね。僕は誰にも見られていないことを確認し準備する。
「みんな、止めて……」
クララが皆の前に出て話し出す、その瞬間。
僕は気配を消し超高速で動きシャドウボイスを展開する。
『――戦いはもう終わりか』
辺りにシャドウの声だけが響き渡る。
「え? 誰!?」
「何者だ!? どこにいる!!」
「声だけが聞こえてくるぞ!?」
気配を完全に消した僕を、誰も見つけられないはずだ。
『――貴様にはまだ、すべきことがあるだろう』
僕はこれがやりたかったのだ。
緊迫した状況でどこからか陰の実力者の声だけが聞こえてくるやつ!
「誰だ? フクロウか?」
「違う、こいつはフクロウじゃない」
「とにかく見つけ出せ! 近くにいるはずだ!」
看守たちが慌てる様がいい感じだ。
『――貴様の姉はまだ戦っている。貴様が戦い続ければ、いずれ巡り会うだろう……』
「ぇ、姉様が……? 待って、あなたは誰なの!?」
そして、僕は声の圧力を増す。
『我が名はシャドウ……陰に潜み、陰を狩る者……』
「あなたがシャドウ!? 武神祭に現れた……」
「シャドウだと!? ベアトリクスを一蹴したって噂の……」
「う、嘘に決まってる! シャドウがこんなところに来るわけねぇだろ!」
「シャドウがいるということは、あのシャドウガーデンが国王派に……?」
いいぞいいぞ、もっと騒ぐのだ!
『――力が足りぬのならば、枷を外してやろう』
そして、僕は地中に展開したスライムを一気に動かし、一瞬で囚人たちの魔封の首輪を破壊した。
「く、首輪が……」
「う、嘘だろ、どうやって破壊したんだ……」
「まさか、本物のシャドウが……どうして……? だが、これで戦えるッ!」
無数の首輪が落下する中で、僕は最後の言葉を告げる。
『――存分に戦え。運命に抗って見せよ……』
そして魔力を爆散させて、中庭を眩い青紫に染め上げたのだった。