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反撃の狼煙


 収容所が慌ただしくなった。


 看守がそこら中を駆けまわり、壁の向こうから破壊音が聞こえてくる。


 クララは個室から収容所の様子を見下ろしながら、口を開いた。


「フクロウが現れたというのは本当かしら」


 彼女のピンクブロンドの髪が冷たい風に揺れた。


「本当のようです。先ほど、看守たちがフクロウを見つけたと騒いでいました」


 彼女の傍らに控えるグインが答えた。


「そう……」


 だとしたら、フクロウは危険な状況にいる。


 下手に関わるべきではないかもしれないが、かといってこの機会を見逃したら次はないかもしれない。


 クララはオリアナ王国のために、そして信じて付いてきてくれた国王派の皆の為にも決断しなければならなかった。


「どうするべきかしら」


 クララは周囲に集った国王派の面々に問いかけた。


「フクロウを助けてここから脱出するべきです! きっと国王派の戦力と合流できるはずだ!」


「フクロウが我々の仲間だという保証がどこにある! 様子を見るべきです!」


「警備も手薄になっているんだぞ! 今動かずしていつ動く!!」


「思い付きで動いてもいい結果には繋がらぬぞ!」


 彼らは顔を赤くしながら熱く言葉を交わす。


「慎重に動くべきでしょう。フクロウの正体もまだはっきりとしない。仮にフクロウを助けたとしても、この状況で収容所から抜け出すのは難しいでしょう」


 グインは冷静に意見を述べた。


 そして、皆の視線がクララに集まる。


「姫様、どうします?」


 答えを求められている。


 クララは心臓がキュッと締め付けられるような気分だった。


 視線をめぐらせて皆の顔を窺う。


 慎重派の人の方が多いようだ。それも、そうだろう。やり直しはできない、失敗したら終わりなのだ。


 ここで突発的に動いても勝算は低い、それは分かる。


 だけど――。


 この機会を見逃して、次が来るのだろうか。


 彼女たちは今、ドエムの掌の上にいる。もしかしたら明日、断頭台送りにされるかもしれないのだ。


 果たして、次の機会を待つ余裕があるのだろうか。


 次の機会など来ない可能性の方が高いということに、皆は気づいていないのだろうか。


 クララは目を伏せて考えた。掌に嫌な汗がにじんでくる。


 もしかしたら、皆この環境に慣れすぎてしまったのかもしれない。ここに来たばかりの頃は、もっと危機感を持っていたはずだ。


 国王派にはもう、機会を選ぶ余裕なんてない――クララはそう思った。


 でも――。


 クララはもう一度、皆の顔を窺った。


 やはり皆は慎重派が多い。クララよりずっと経験豊富な彼らが、多数派にいるのだ。


 彼女は所詮、まだ15歳の小娘に過ぎない。


 彼女の考えよりも、皆の考えの方がずっと価値があるのだ。


 それに、皆の意見を無視すると失望されるかもしれない。


 そんなことになったら、国王派が分裂してしまう。


 きっと、クララが間違っているのだ。


 大丈夫、皆の考えに従っていれば、国王派はまだ……。


「わ、私は、フクロウを――」


「――姫さま」


 クララの声を遮って、一人の男が声をかけた。


 日に焼けた野暮ったい顔をした中年の男だ。


「周囲の意見を聞くのはいい。だが、周囲の顔色を窺っちゃお終いだぜ」


 しゃがれた品のない声だった。だが、その声にはどこか懐かしい温かさがあった。


「バット……」


 クララが、彼の名を呟いた。


 彼はクララが幼い頃から知っている庭師だった。政治のことも、戦いのことも、何も知らない。彼にできるのはただ、王宮で美しい庭園を作り上げることだけだった。


 だけど、彼の言葉はクララの心に刺さった。


 周囲の顔色を窺う癖がついたのは最近だった。


 自信がなかったのだ。


 不安だったのだ。


 自分以外の何かに、縋りたかったのだ……。


「おい、庭師! 黙っていろ、無礼だぞ!」


 グインがバットを睨んだ。


「止めて! 彼も我々の同志よ」


「同志? こいつは何もできない。ただの庭師です」


「ただの庭師だから、こんな所に来る必要なんてなかったのよ。それなのにバットはついてきてくれた。私を信頼してくれたのよ」


「だから何だというのですか。庭師の言葉は雑音でしかない」


「グイン、いい加減にして。私は止めてと言ったのよ」


 クララの視線とグインの視線がぶつかった。先に視線を外したのはグインだ。


「……申し訳ありませんでした」


「いいの。あなたも我々のために言ってくれたのでしょう」


 そして、彼女はもう一度考えた。


 最初から、いま彼女が何をすべきなのかを。


 幼い頃、バットと、クララと、彼女の姉と、三人で駆け回った美しい庭園をふと思い出した。


 こんなとき、姉様ならきっと……。


「フクロウを助け、合流します。この機会に、我らの全てを懸けましょう」


 バットを見ると、彼は微笑んでいた。


「それでいい。皆、姫さまを信頼して付いてきたんだ。そうだろ!?」


「ああ、もちろんだ!」


「この日のために準備してきたんだ。派手に暴れるぞ!」


 彼らは一斉に立ち上がる。


 そして、部屋の壁を剥がしそこから武器を取り出していった。


 クララにも一本の剣が渡される。


 彼女は剣を振れない。しかし、彼女が持つことに意味があるのだ。


「さぁ、反撃の狼煙をあげましょう」


 そして、収容所の日常が終わった。

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