迫りくる悪意
クララの部屋を出てぼんやりと廊下を歩いていると、背後から僕に近づいてくる気配を感じた。
イベントの気配を感じて待ち構えていたら、いきなり肩を組まれた。
「よぉ新入り! うめぇこと王女様に取り入ったじゃねぇか!」
下劣な笑みを浮かべてそう言うのは、ドエム派のチンピラだった。
僕の周囲はドエム派のチンピラたちが囲っている。
5人……いや、6人か。
集団の後ろに気乗りしない様子のザックが苦笑いしていた。
「なぁ、一つ頼みがあるんだが聞いてくれねぇか?」
臭い息を吐きかけながら、耳元でチンピラが言う。
「な、なんでしょうか……?」
僕は声だけじゃなく全身を細かく振動させて言った。気分はドラゴンに睨まれたスライムだ。
「そんなビビらなくてもいいぜぇ。お前が頼みを聞いてくれれば、俺たちは友達だ」
「は、はぃ……」
「頼みってのはな、王女様と仲良くなったお前にしかできねぇことだ。俺たちは王女様とお話ししたいんだがよ、取り巻きが邪魔でなかなかお話しできねぇ。そこで、お前に王女様を連れ出して欲しいんだよ」
「ぼ、僕がですか……?」
「そう、お前にしかできねぇ。方法は何だっていいぜ。こんなのも貸してやる」
そう言ってチンピラが取り出したのは粉薬だった。
「この薬を飲み物に混ぜて使えば、すぐに取り巻きや王女様は夢の中さ」
「で、でも、僕にはこんなこと……」
「てめぇ!! 友達の頼みを聞けねぇってのかぁ!? 痛い目にあいたくねぇだろぉ!」
「ひぃぃッ……」
ドスの利いた声で恫喝されて僕は縮こまる。
「あ~ちょっといいか。あんまり乱暴な真似はよくねぇと思うぞ」
集団の外から、ザックが引きつった顔で声をかけた。
「なんだぁ、ザック。いつから平和主義者になったんだ」
「さ、最近かな? とにかく、もっと優しく、暴力は無しでいこうぜ、とりあえず今だけでいいから」
「ふざけんじゃねぇ、ちんたらやってられっかよ!! フクロウを誘き出すには王女を人質にとるのが手っ取り早ぇんだ!!」
そう言ってチンピラは僕の顔を殴り飛ばした。
拳が顔に当たる瞬間、僕は力を抜いて頭を振り、衝撃を完全に受け流す。
スリッピングアウェイという技術だ。
頭を殴られれば人は脳震盪を起こす、というのが一般的な考え方だが、殴られ方を知っていれば案外耐えられるものなのだ。
殴られ方には二通りある。力を入れて耐えるか、力を抜いて受け流すかだ。
僕がやったのは後者。
頭を振って拳の衝撃を受け流すから、派手にぶん殴られたように見えるのもモブポイントが高いのだ。
「うぐぅ……」
僕は吹き飛ばされたふりをして廊下に倒れる。
「俺はちゃんと忠告したし止めようとしたからな、いいよな、大丈夫だよな?」
ザックは後退りながら自分は関係ないアピールをしていた。
「お前は王女様を連れ出すしかねぇんだよ。三日待ってやる。もし連れ出せたら旨い飯を食わせてやるぜ。だがな、もし連れ出せなかったら……」
チンピラは僕を踏みつけて体重をかける。
「ぶっ殺してやるから覚えとけよ」
そう言い残して、彼らは立ち去っていった。
「ふむふむ、なるほど。クララを人質にフクロウを誘き出すつもりかぁ」
頭がいいじゃない。
僕は服に付いたホコリを払って立ち上がる。
すると、ザック君がなぜか戻ってきた。
「大丈夫だと思うけど、いろいろと大丈夫だよな? 俺は見てただけで関係ないぞ」
なぜかビビりながらザック君が言う。
「問題ない。すべて想定済みさ」
「なッ……まさか、こうなることを読んでいたってのか!? あんな方法で王女に取り入ったことにも驚いたが、その先を見据えていた……だと……ッ」
「物語は動き出した……計画通りにね……」
僕はザック君を一瞥し意味深に微笑む。
「……ッ! あ、あんたはいったい……! あ、あんたは国王派でいいのか? ドエム派には見えねぇが……」
「……僕はどちらでもない」
「どちらでもない……?」
「僕は国王派でもドエム派でもない。僕の敵は――」
僕はそこで言葉を切り、高速移動で姿を消しつつ言葉を置き去りにする。
「二つの派閥の裏に潜む『悪意』さ……」
「なッ、消えた!? 声だけが聞こえてくる!?」
ザック君が驚愕の顔で辺りを見回している。
さて、これからどうしようかな。
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