王女のモブ友
僕はどこか室内に運ばれて、ベッドに寝かされたようだ。
冬の冷気で冷えた手が僕の鼻に触れて手当てをする。
僕はその感触で目を覚ましたふりをした。
「ぅ……ここは……?」
目を開けて視線をさ迷わせる。
そこは収容所の一室だった。部屋の作りはザックの部屋と同じだったが、清潔で娯楽品のようなものは見当たらない。必要最低限のものだけが置かれていた。
ベッドの傍らにクララがいて、部屋の扉の前には取り巻きの男が一人いて僕を睨んでいる。
「よかった、気づいたのね。まだ頭は動かさないほうがいいわ」
「あなたは確か……」
「そういえば名乗っていなかったわね。もう知っていると思うけれど、私はクララ・オリアナよ」
「ぼ、僕はシド・カゲノーといいます。その、手当てをしてもらったみたいで、ありがとうございます……」
僕は微妙に声を震わせつつ王族にビビってる感を出す。
「気にしないで。もとはと言えば私たちの争いが発端なんだから」
「ですが――」
その時、扉の前で僕を睨んでいた男が舌打ちした。
「クララ様、もういいでしょう。素性の知れない男はさっさと追い出すべきです」
「グイン……ですが彼は頭を打ったのです。まだ動いてはいけません」
「貴女に近づくための演技かもしれない。それに、我々には大義があるはずです。こんな男にかまっている暇はない。違いますか?」
グインと呼ばれた男は不躾な視線で僕を見る。
「たとえ我々に大儀があろうとも、目の前で傷ついている者を見捨てていい理由にはなりません」
「ですが――」
「控えなさいグイン。彼は何も知らないただの少年です。私には、彼が悪さをしたようには見えません。そうでしょう?」
クララが問いかけるように視線を投げかけてくる。
「は、はい。僕はフクロウの襲撃現場に偶然居合わせてしまって、それで疑われて……」
「目の前の少年一人を助けられずに、国を救うことができますか?」
クララは僕の手をそっと握った。
「――わかりました。外で見張っておきます」
グインはそう言って、部屋を出ていった。
扉を閉める直前に、彼はもう一度睨んだ。僕の見間違いじゃなければ、その視線は僕だけでなくクララをも睨んでいるように見えた。
扉が閉まり、クララは息を吐く。
「ごめんなさい。彼も悪い人ではないんだけど……」
「いえ、いいんです」
「みんな必死で、不安なの。私だって……本当は、私がこんな立場にいるはずじゃなかったのに……」
クララは顔を伏せた。
「その……」
「気にしないで。あなたには関係ない話だったわね。ねぇ、あなたってこの国の人じゃないでしょう」
「は、はい。ミドガル王国魔剣士学園の生徒です……」
「――え? 魔剣士学園の? ねぇ、もしかして姉様の事を知っている?」
クララが身を乗り出して僕を覗き込む。
「えっとローズ先輩なら、知っています。話したこともあります」
「そう。姉様が父様を刺した事も?」
「……はい。闘技場で見ていました」
「確かに姉様は、父様を刺したのよね……?」
「はい、あれはローズ先輩でした」
「そう……」
クララは肩を落としてまた俯いた。
「父様の様子がずっとおかしくて、姉様がそれを探っていたのは知っているの。だけど、どうしてこんなことになったの……。みんな姉様が国を割った大罪人だって言ってる。私だって、信じたくはなかった……」
僕は少し言うべきことを迷って、小さくため息を吐いた。
そして、そのまま僕が思うまま言うことにした。
「彼女には何か理由があったように見えました。なぜそんなことをする必要があるのか僕には分からないし、その理由が分かったところであなたが納得するかどうかもわからないけれど、彼女は覚悟しているように見えた」
「覚悟……あなたにはそう見えたのね。ふふ、ありがとう、慰めてくれて。私ね、昔から何でもできる姉様のことが大好きで、ずっと憧れていたの。だから、こんなことになってもまだ信じたくて……」
クララは頭を振って気持ちを切り替えるかのように微笑んだ。
「あなたって姉様の事よく見ていたのね」
「あー、実はブシン祭の選抜大会でローズ先輩と戦ったことがあるんです」
「そうだったの! それで、どうだった?」
「何もできずに負けました」
「あなたって弱そうだもの」
クララは悪戯っぽく笑った。
「シドって呼んでいい? 私のことはクララでいいから」
「えっと……」
「何も気にしなくていいわ。私だって今はただの罪人なんだから」
「あー、まぁ……うーん。じゃあ他の人がいないときだけで」
「そうね、グインが聞いたら五月蠅そうだし。ねぇ、学園でのお姉様の話もっと聞かせて」
そんなわけで、僕はそれから長時間ローズ先輩の学園話をすることになった。
モブっぽいポジションから若干ずれてしまったが大丈夫、まだ修正可能だ。僕はローズ先輩のモブ友人であり、その流れでクララと話をしたただのモブになる予定なのだ。