誰の前でイキッてんだ?
フクロウの正体について気になったから一晩収容所を散歩して調べてみたんだけど特定には至らなかった。
やっぱ情報が少なすぎるよね。
僕が知っている情報はフクロウがそこそこの実力者だってことぐらい。
一晩で全員調べられたわけじゃないけれど、そこそこの実力者なら十人ぐらいいた。
それに体つきや動きや姿勢を見ただけである程度の実力は分かるんだけど、逆に言えばある程度しか分からなかったりする。
ぱっと見弱そうな人が実は強かったり、逆に強そうな人が実は弱かったり、あり得る話だ。
というわけで、僕は早々に諦めることにした。今ある情報だけでは無理だ。
今晩暇だったら収容所を抜け出して外で情報を集めてみるのもありかな。
ま、夜のことは夜になったら決めよう。
そんなわけで、ザック君の用意してくれたおいしい朝食を食べた僕は、すがすがしい朝日が差し込む広い中庭を散歩する。
冬の朝の冷たく澄んだ空気と、温かく美しい朝日が僕は好きだ。
空も遠く澄み渡っている。よくわかんないけど生命の息吹を感じるよね。
「ふーむ」
野菜くずのスープと臭いパンを食べる浮浪者のような囚人たちの中を歩いていると、どうしても自分のモブ成分の不足を痛感してしまう。
もし街を歩いているならば、僕はモブでいられる自信がある。
しかし、この浮浪者のような囚人たちの中では僕はまだ汚さが足りない。まだここに来たばかりで仕方のない部分もあるし時間が解決するところもあると思うけど……。
その時、辺りに怒声が響いた。
「俺らがやったって言うのか!?」
声の方を向くと何やら人だかりができていた。
僕は野次馬をかき分けて、面白そうだから最前列で観戦することにした。
「あなたたち以外に考えられないわ」
人だかりの中心でクララ・オリアナと地下室でみた盗賊っぽいモブが睨み合っていた。
クララの背後には国王派とみられる取り巻きが並び、盗賊っぽいモブの背後にはドエム派とみられる取り巻きが並んでいる。その中にザックと、イケメンボスの姿もあった。
「国王派とドエム派が勢ぞろいだ……」
「危ねぇ雰囲気だな……」
野次馬の囚人たちが騒めく。
「昨晩殺された仲間の遺体には暴行と拷問を受けた痕が残っていたわ」
しまった。フクロウ探しに夢中でイベントを見逃していたようだ。
「知らねぇって言ってんだろ!!」
「拷問の痕があったのよ! あんなひどいこと、あなたち以外に誰がやるの!?」
クララの悲痛な声が響く。
「恨まれてたんじゃねぇかぁ? クソみてーな奴だったからなぁ!!」
「――あなたッ!」
パシッ、と。
モブ盗賊の頬をクララの平手が打った。
時が止まったかのように辺りが一瞬静まり返る。
――そして。
「この女ッ!」
頬を打たれた男は、腰から短棒を抜き振り上げた。
あ、これあかんやつだ。
クララはど素人だ。最悪、一発で頭割られて死ぬ。
でも悪いけど、僕の前でモブがメインを殺すルートは無しなんだ。
「――え?」
その声は、呆然と目を見開いたクララのものだった。
クララの目前で、短棒を振り上げた男が不自然に倒れたのだ。彼の手から離れた短棒が、天高く飛んでいく。
「――なッ!? 何があった!?」
「いきなり倒れたぞ!?」
囚人たちが驚愕する。
「まさか――フクロウか?」
「探せ!! 近くにいるぞ!」
「……フクロウ?」
ドエム派と国王派が周囲を見渡す。
でも残念、やったの僕なんだよなぁ。
やったことは単純だ。足の裏から出したスライムを地下に潜らせて、そのまま死角から顎を打っただけ。
誰も気づいていないけど、これも陰の実力者の仕事っぽくていいじゃない。
と思ったら、ザック君が疑わし気な視線を投げかけてきた。
僕は意味深に微笑みあえて視線を外す――パーフェクト。
すべてが完全にかみ合った。
とその時、僕は天高く飛んでいった短棒が、回転しながら僕の方に落ちてきているのに気づいた。
その瞬間、僕は一瞬で閃いた。
――まだ終わっちゃいない!
確かに陰の実力者としての仕事は終わった。
だが僕にはまだ、モブとしての仕事が残っているのだ!
一瞬で短棒の落下地点を割り出し、僅かなズレを瞬時に調整し落下地点の真下に潜り込む。
さらにこんなこともあろうかと用意しておいた血糊を口に含み上を向く。
そして、僕の鼻に短棒がぶち当たった。
「ブフォォォォッ!?」
僕は口に含んでいた血糊を鼻から吹き出し上を向く。
血糊が噴水のように飛び散り、朝日の中でキラキラと輝く様子は芸術の域。
モブ式奥義『鼻血スプラッシュ』
口に含んだ血糊を鼻から美しく噴き出す超高等技術である。
「うわ!? 汚ねぇ!!」
「げぇぇ、顔に付いちまった!」
殺伐とした収容所の朝に、鼻血の噴水が安らぎを与える。
――僕はやり遂げた。
陰の実力者ムーブからのメインキャラの争いの余波でぶっ飛ばされるモブを達成したのだ!
「ちょっとあなた、大丈夫!?」
大満足で倒れる僕にクララが駆け寄ってきて、僕は慌てて気絶したふりをした。