code 0
ザックが向かったのは人通りのない地下だった。
彼はじめじめとしたカビ臭い通路を進み大きな扉の前で立ち止まる。そして懐からカギを取り出し開けると、背後に振り返り尾行がないことを確認し中へ入った。
扉が閉まるとすぐに、カチッと鍵の閉まる音が聞こえた。
僕は周囲に人がいないことを確認し姿を現した。
ノブを回すとやはり鍵がかかっている。
僕はスライムを取り出して鍵穴に流し込み解錠する。鍵開けの基礎知識は前世でしっかり学んでいるから問題ない。陰の実力者ならできて当然なのだ。
ちなみにスライムはいつ身体検査されてもいいように体内に隠し持っている。
僕は扉の向こうの気配を確認し、いけそうな気がしたのでこっそり扉を開けて中に入った。
そこは、薄暗く広い倉庫だった。
奥にランプの灯りが見える。そこに複数の男たちが集まっていた。
僕は気配を消して近づき、近くの木箱の陰に隠れる。ちなみに木箱の中は空だった。
男たちはランプを囲んで話しているようだ。ザックの姿も見える。
「ボス、全員集まりました」
「そうか……」
ボスと呼ばれた男が一歩前に出る。普通にチンピラの親玉っぽいのを想像していたんだけど、彼の容姿は予想外に若かった。
年齢はせいぜい二十代前半だろう。
グレーの髪を肩まで伸ばした清潔感のあるイケメンだ。チンピラっぽさがないし、むしろ逆に頭よさそう。
体つきや立ち姿を見る限り、武術を嗜んでいるのも間違いないだろう。
容姿もその雰囲気も、囚人には決して見えなかった。
ギャップがあってこれはこれでいいよね。
「同志諸君、ご苦労。お前たちが集めた多くの情報を同志ドエムも喜んでいた」
彼はよく通る声でそう言って、周りの男たちを見回す。
そして一人一人声をかけて、望みの報酬を聞いていく。
なるほど、看守が情報の窓口というのは嘘か。
「ザック、お前の望みは?」
「俺は――食事の質と量を増やしてほしい。少なくとも二人分だ」
ザック君、君はとてもいい男だな!
「ザック、食いすぎると太るぜ!」
周囲からヤジが飛び、ザックは苦笑した。
「ボス、俺はまたストリップパーティーがやりてぇ!」
「俺もだ!」
「またか……。ほどほどにしろよ」
イケメンは次々と男たちの望みを聞いていく。
そして一通り聞き終わると、彼は目つきを鋭くした。
「同志諸君に協力を要請する。最近、王都で同志が襲撃される事件が多発している。昨日も幹部の馬車が襲撃され、七人の死者が出た」
一瞬、僕の事かと思ったけど、昨日僕は収容所を出ていない。別の犯人がいるみたいだ。
「音もなく標的に忍び寄る手練れだ。俺たちは奴を『フクロウ』と呼んでいる」
フクロウか……ふむふむ。
「その『フクロウ』だが、どうやらこの収容所に侵入した痕跡がある」
ザックが一瞬だけ目を見開いた。
「どうした、ザック?」
「い、いえ、何も……」
鋭いイケメンの視線から逃げるようにザックは目を伏せた。
「『フクロウ』の目的はクララ・オリアナとの接触だ。奴がクララと接触する前に、必ず見つけ出せ。わかったな?」
イケメンの問いかけに男たちは頷いた。
「話はこれで終わりだ……いや、一つ忘れていた。裏切り者の粛清だ」
イケメンはナイフを抜きザックを見据える。
「――お前だよ」
そしてかなりの速さでナイフが投げられた。
僕以外、反応できる人間はこの場にいないだろう。
投げられたナイフはザックの頬を掠め、その後ろの男の顔面に突き刺さった。
「こいつは同志の情報を国王派に流した愚か者だ」
血を吹き倒れる裏切り者の姿を、呆然と周囲の男たちが見ていた。
「帰っていいぞ。これで終わりだ」
イケメンの言葉に、男たちは足早に去っていく。
「――ザック」
しかし、ザック一人が呼び止められた。
「何か――隠していることはないか?」
彼は冷たい瞳でザックを見下ろす。
「い、いえ」
ザックの頬を冷汗が流れ落ちる。
「――そうか。信じているぞ」
イケメンはザックの肩をポン、と叩き倉庫を出ていった。
薄暗い倉庫の中で、一人きりになったザックが大きく息を吐いて冷汗を拭う。
僕は彼の肩をポン、と叩いた。
「お、おおぁぁぁぁぁあ!? なんだよ!! あんたかよ!! 脅かすんじゃねえ!!」
ザック君は文字通り飛び上がって驚き、僕を見てガチギレした。
「ごめんごめん。でも、よく黙っていたね」
「誰が言うかよ。言っても殺されるに決まってんだ」
「そりゃそうか」
「まさか『フクロウ』があんただったとは……」
「残念だけど『フクロウ』は僕じゃないよ」
「……違うのか?」
ザックは疑わしそうに僕を見た。
「昨日僕は動いていないからね。おそらく同業他社だろう」
「ま、いいさ。もし『フクロウ』の情報が入ったら俺にも流してくれねぇか? 見てたなら分かるだろうが、疑われてんだよ。主にあんたのせいで」
「情報はすぐ手に入るさ。ただ、流せるとは限らない。この業界は狭い……手練れはだいたい知り合いだからな……」
こうして『フクロウ』の正体が分からなかった時の保険をかけるのだ。
「ったく。頼むぜホントに。見ての通りボスは恐い男だ。魔力が使えるあんたならなんとかなるだろうが、俺じゃどうにもならねぇ」
「あ、ちなみに彼の魔封の首輪は偽物だよ」
「そ、そうなのか!?」
「うん」
「マジかよぉ……じゃああんたでも勝てねぇのか?」
「――そう思うか?」
僕は一瞬だけ魔力を開放し大気を震わせる。
「い、いや。あんたならもしかすると……」
「ま、いいさ……ん? これは……」
大気を震わせたせいか、一枚の古い紙切れが僕の前に落ちてきた。
僕はそれを拾い――いいこと考えた。
「――なるほど」
僕は意味深に呟く。
「何かあったのか?」
「エージェントからの知らせだ。これで『フクロウ』の正体にも見当がついた」
「す、すげぇ! 早すぎねぇか!?」
「見ていいぞ」
僕はザックに何も書かれていない紙切れを渡す。
「な、何も書かれてねぇじゃねぇか!」
「特定の魔力波長のみに反応する高度な暗号さ。僕にしか読み取ることはできない」
「マジか……全く見えねぇ……」
ザックは顔を近づけて紙を裏返したり光に透かしたりする。
「何が書かれているか、少しだけ教えよう」
「……いいのか?」
僕は頷き低い声で呟く。
「code 0」
「こ、こーど、ぜろ?」
「ゼロは始まりの数字、つまり――」
「つ、つまり?」
ザックが息を呑む。
「――全てが始まる」
僕はそう言うと同時に気配を完全に消し超高速移動で姿を消した。
「――なッ!? 消えた!? 嘘だろ、扉も閉まったままなのに……」
僕は木箱の中で息を潜めザック君が出ていくのをじっと待った。