人生の終着点
僕は気配を消してザックの部屋に侵入した。
「――ッ!? あんたか、気配が全くねぇな……」
僕に気づいたザックは驚愕に目を見開く。
ふふふ、いい反応だ。ザック君はテンプレートで分かりやすい反応をしてくれるのがいいよね。
「ほら、これがあんたの分だ」
そう言って渡されたプレートには十分な料理が並んでいる。
「どうも。テーブル使わせてもらうよ」
「好きにしな」
というわけで実食。
メニューはパンとクリームシチューとステーキと付け合わせの野菜。
シンプルだが量ががっつりある。
パンは断面が白く香りもいい。
クリームシチューには色どりのいい野菜や鶏肉が沢山入っている。素直においしい味。
ステーキはでかい。500g近くありそうだ。赤身で脂質は少なめだが身は柔らかくジューシー。僕の好きな肉質だ。
決して一流の料理とは言えないけれど、どれも普通においしくて満足。量が多いのも最高だ。
「収容所でこのレベルの食事が食べれるとは思わなかったよ」
「ま、腐っても芸術の国だからな。食事の平均的な水準も高いぜ」
「なるほど」
将来、僕が人生に満足した時にはこの国に移住するのも悪くないかなと思った。
僕の人生には大きな目標があって、それが陰の実力者になることだ。
だけど、その目標を達成し人生に満足した時に僕は何を求めるのだろう。修行に明け暮れる日々の中で、ふとそう考えた瞬間があった。
表の実力者になるとか、世界を滅ぼす魔王になるとか、勇者を導く師匠ポジになるとか、いろいろ考えたけれど僕が導いた答えはシンプルなものだった。
毎日おいしいものをお腹いっぱい食べて、時間を気にせずぐっすり眠る。たったこれだけで、僕は幸せなのだ。
ゆるやかな時間を犠牲にして生きてきた自分がゆるやかな時間を求める。
なるほど当然のことだ、と妙に納得した覚えがある。
「毒が入っているとは思わないのか?」
「僕を誰だと思っているんだい? 匂いで分かるさ」
嘘だけど。
そもそも毒は魔力で分解するから問題ない。
「便利な鼻だな、俺にもほしいぜ。盗賊をやってた頃の話だが、手下に毒を盛られてな。何とか命は助かったが、捕まってこのざまだ」
ザックは自嘲した。
「腕っぷしにはそれなりに自信があったが、この国で魔剣士の地位は低くてな。貴族のバカどもにこき使われるより、盗賊の方がずっとマシだった。捕まるはずねぇと思ってたんだが……ま、いいさ。魔剣士をバカにし続けた国王派が、魔剣士を引き連れたドエム派に追い出されてせいせいしたぜ」
へぇ。
「クララって子について聞きたい」
食事も食べ終わったし、僕は気になる彼女の話を切り出した。
「なぜわざわざ俺に聞く。あの女の事ならあんたの方が詳しいだろ」
「事前の情報と現場の情報が同じとは限らない。情報を妄信し、確認を怠れば死を招く……」
僕は目を細めて意味深に微笑むのだ。
「チッ、慎重なことで。俺も詳しくは知らねぇぞ」
「それでいい」
「……ふん」
ザックは鼻を鳴らして話し出す。
「名前を聞いて分かるだろうがクララ・オリアナはあの悪名高いローズ・オリアナの妹さ。ドエム派に対して最初に反撥しようとしたがバレて投獄さ。だが王家の人間だから簡単に処刑もできない。ドエム様も扱いに困っていたらしいがどうやら違うようだ」
「へぇ……」
「クララ・オリアナは反ドエム派の旗頭になれる人間だ。当然、彼女の下には反ドエム派の人間が集まっている。この収容所の中でもな……」
ザックは唇の端でニヤリと笑う。
「ドエム様はクララ・オリアナを泳がせて、反ドエム派を一網打尽にするつもりなんじゃねぇかって噂だ。ま、俺が知っているのはこの程度さ。あんたならもっと詳しく知っているだろ?」
「さぁ……」
僕は手で口元を隠し目に力を入れてザックの瞳を覗き込む。
「知りたいかい……?」
もちろん何も知らないから、魔力を一瞬だけ開放し「圧」を増す。
「――ッ! い、言っただろ、深入りするつもりはねぇって!」
「――いい判断だ」
僕は圧力のある笑みを浮かべた。まるでその先に恐ろしい何かが待ち受けているかのように……。
全て知っているかのように振る舞い、陰の実力者感を演出する。言葉だけでなく、視線や指先にまで気を配る。
これぞ最高峰のテクニック!
「止めてくれよ、心臓に悪ぃぜ……」
ザックは脂汗を拭いて立ち上がる。
「用があるから出てくぜ。ボスに呼ばれてんだ」
「ボス……?」
「ああ……ドエム派のボスだ」
ザックは億劫そうな顔でそう言って部屋から出ていく。
「へぇ……」
僕はもちろんザックの跡をつけることにした。




