謎の諜報員
首を絞められたままザックが暴れるが僕の腕はビクともしない。
「ゴホッ……グッ……」
ザックの瞳に恐怖の色が浮かんだのを見て、僕は首を絞める力を少し弱めた。
「俺にどうしろって言うんだ……」
「そうだな……。僕専用の個室を用意することはできる?」
「す、すぐには無理だ。一ヶ月はかかる」
ザックの瞳を覗き込む。嘘をついている感じはなさそうだ。
「そっか。まぁいいよ。いきなり個室を手に入れても目立つしね。屋根さえあれば僕は問題ない。廊下で寝ることにするよ」
「わかった、手配する……」
「あとバランスの取れた食事がほしいな。これが用意できないなら君は必要ない」
「ひ、必要ない……?」
「うん、必要ない」
僕は首を絞める力を一瞬強める。
「わ、わかった、待て待て待て! 用意できる、三食きっちり用意できるから!」
「頼むよ。それから……情報が欲しいかな。ここも面白そうだし、気に入ったよ。色々知りたいんだ」
「……聞きたいことがあれば答える」
「あとは僕と君の関係かな。君はドエム派だったよね。僕はまだどちらの派閥にも入る気はないんだ。ゴミでいたい」
「……なら人前で俺と話さないほうがいい。食事の受け渡しはどうする」
「食事はこの部屋で食べる。僕は誰にも見られずに入ることができるから問題ない」
「……そうか」
ザックはとても嫌そうな顔で言った。
「ま、とりあえずはこんなところかな。また必要なことがあれば頼むよ」
「ああ、そうしてくれ」
僕はザックの首を開放した。彼は首を押さえて座り込み僕を見上げる。
「てめぇ、何者だ。魔力を使ってないのにどうしてこんな力が……」
「さて、どうしてだろうな……」
「学生じゃねぇな。どっかの諜報員か……いや、地下組織の人間か……」
「さて、それを僕が話すと思うかい?」
そう言って、僕は目に力を込める。
「……チッ」
ザックは舌打ちして視線を逸らした。
「内乱絡みか……。いいぜ、俺の関係ねぇ場所でなら、好きにやりな」
「ああ、僕も自分の仕事ができればそれでいい」
「……そうしてくれ」
項垂れるザックに背を向けて、僕は扉に手をかける。
「あぁ、そうそう。言うまでもない事だけど、このことは誰にも話さないほうがいい」
「……わかってる」
「これは忠告だ。僕は別に、君も、ドエム派も、すべてまとめて潰してしまっても別にいいんだ――」
そう言って、僕は一瞬だけ殺気と魔力を開放する。
「――なッ!? 魔力は封じられているはずじゃ……」
「こんな玩具で僕を封じられるはずないだろう……」
そう言って、僕は扉を開けて外に出た。
「……ったく、ついてねぇ。とんでもねぇ奴に手ぇ出しちまった……」
背後からザックの声が聞こえてきて、僕は心の中でガッツポーズをした。