オリアナ王国収容所
僕は意外と適当な取り調べを終えた。
オリアナ王国は明日にも戦争が起きそうなほど緊迫している。僕のようなモブにかまっている時間はあまりないのだろう。
僕は魔力を封じる首輪を付けられて、大きな建物の前に連れて行かれた。
「ここが今日から貴様が暮らす収容所だ」
「収容所?」
「ドエム様が国王派の人間を粛清しているからな。あいにく、牢獄はいっぱいでな」
「そうなんですか」
「ま、せいぜい頑張りな。ここで生き延びられるかどうかは、貴様の選択次第だ」
「選択ってどういう――」
兵士は意味深に笑い、大きな鉄の扉を開けてその中に僕を押し込んだ。
重い音を立てて扉が閉まり、僕は辺りを見渡した。
僕が最初に想像していたのはファンタジー世界にありがちな石造りの地下牢だったけれど、ここはそれとはまったく違う空間だった。
一言でいえば、高い塀に囲まれた大きな中庭だ。
石畳の中庭には数千人の囚人がいる。
ボロ布に包まって寝ている者、座って生気のない瞳で僕を見ている者、立ってグループで話し合っている者、彼らはいくつかの集団に分かれているようだった。
高い塀の上には看守が立って囚人を見張っている。
その塀はよく見るとただの塀ではなく監房のようだ。中にも囚人たちがいて、中庭と室内を自由に出入りしていた。
割と自由にやっているみたいだ。
僕はとりあえず自分の寝床を確保しようと歩き出した。
と、その時。
「よぉ、新入り」
横から声をかけられて、僕は声の方を見る。
そこに、長身でぼさぼさ頭のチンピラっぽい男がいた。その瞬間、僕の盗賊レーダーがピクリと反応する。
間違いない、こいつは元盗賊だ。
「あなたは……?」
「俺はザック。ま、親切で優しいお兄さんってとこだ。新入りにいろいろ教えてやってるんだぜ」
と、獲物を狙う目でザック君は言う。
「ぼ、僕はシドです。ありがとうございます、まだ何も分からなくて……」
「分かるぜぇ。何の説明もなくこんなとこに放り出されたんじゃ、誰だって不安になるさ」
ザック君は僕の肩をポンポンと叩いた。
そして、僕の耳に口を近づけて囁く。
「よく聞け、シド。ここは飯も、寝床も、娯楽も、自由も、全てが平等じゃねぇ。あそこを見ろ」
そう言ってザックが指差す方には、まるで痩せ細った浮浪者のような集団が中庭の隅で蹲っていた。
「収容所の囚人は大きく分けて三つの集団に分けられる。あいつらはその最底辺で最も数が多い集団、通称はゴミだ。生きる価値もないゴミ。僅かな食料と水だけを与えられて、じきに死んでいく。あいつらには、力も、知恵も、情報もない……次はあっちを見ろ」
次にザックが指差す方には、何やらグループで話し合っている集団がいた。
「あいつらは国王派だ。ドエム様の粛清で放り込まれたバカども。あいつらは最低限の食事と寝床を得て生かされている。あいつらが、俺たちの獲物だ」
「俺たち?」
「そう、最後のグループが俺たち、ドエム派だ。粛清で放り込まれてから国王派を裏切った人間もいれば、俺みたいな犯罪者もいる。ドエム派には満足な食事と、快適な寝床と、そして自由が与えられるのさ」
「……自由?」
「俺たちはな、例えばそこのゴミを殴り殺しても、許されるんだよ――こんな風になッ」
そう言ってザックは手近な浮浪者のような男を蹴り飛ばした。
悲鳴を上げて逃げ出す浮浪者を、塀の上の看守も確かに見ていた。
だが、ザックを注意する者は誰もいない。
ザックは得意げな顔で、再び僕の耳にささやきかける。
「もちろん殺しも暴力も規則違反だ。だが看守たちは見て見ぬふりをするのさ。ま、だからといって無闇に殺すのはバカのやることだ。ゴミも使い方によっては役に立つからな。恨みを買いすぎるのもよくない。なぁシド。なぜ俺たちだけこんな事が許されているか不思議に思うだろ?」
「は、はい」
「それはな……国王派の人間を監視して看守に情報を流しているからさ。情報を流せば、満足な食事と、快適な寝床と、そして自由が与えられる。簡単だろ?」
「じょ、情報……?」
「何でもいい、国王派の情報だ。それがあれば、お前も今日からドエム派になれる。有益な情報なら娯楽や女だって用意してもらえるぜ?」
「で、でも僕は情報なんて……」
「分かってる、お前は何も知らない。だが、よーく考えろ。元から情報を持っていた人間なんて元国王派の裏切り者だけだ。俺みたいな男がどうやって情報を得たと思う?」
「そ、それは……」
「手段は色々ある。一つ、国王派の人間を攫って拷問する。ま、最近は向こうも警戒して群れているから難しいけどな。それにあまり派手にやりすぎると看守も出てくる。
二つ、国王派の内部に潜り込んで情報を流す。これも最近は警戒されている。よほどうまくやらねぇと難しいぜ。
三つ、盗み聞きや所持品を盗む。当然警戒されているが、可能性はゼロじゃない。
そして四つ目、国王派の人間にも情報を売りたがっている人間がいる。誰だってたまにはうまいものが食べたい、女を抱きたい、酒が飲みたい、こんな生活続けてちゃ嫌になるさ。そこにつけ込むんだ。国王派の人間が国王派でいる限り看守に情報を持ち込むのは難しい。そこを、俺たちが助けてやるのさ。奴らは国王派でいながら、隠れてうまい飯を食い、酒を飲み、女だって抱くこともできる。そういうわけさ」
「そ、そうなんですね……」
「分かっているとは思うが、シド。お前はこのままいけばゴミだ。あいつらと同じ、何の価値もないゴミになる。お前が生き延びるには、情報を手に入れてドエム派に入るか、信頼を得て国王派に入るしかないんだ」
「そ、そんな……」
「親切で優しい俺にできるのはここまでさ。お前がもし情報を手に入れたなら俺の所に来いよ。俺がいい看守を紹介してやるからよ」
そう言ってザックは胡散臭い笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます、ザックさん!」
「おう、頑張れよ」
「あ、待ってください、ザックさん!」
背を向けて立ち去ろうとするザックに僕は声をかけた。
「どうした?」
「実は――とっておきの情報があるんです」
僕は声を潜めて言う。
「……ほう。役に立たねぇ情報を看守に流すと、逆にお前が痛めつけられることになる。看守に話す前に俺が聞いといてやるよ」
「ここではちょっと……誰もいない所で」
「分かってる。ついてこい」
僕はザックに連れられて、高い塀の内部へと入った。
塀の内部は石造りの廊下だった。左右に部屋があり、それぞれ囚人が入っている。
「個室が手に入るのはドエム派と一部の国王派の人間だけだ。ゴミは廊下で雑魚寝か外で野宿だが、廊下にも外にも縄張りがある。空いてるからってその辺で寝ると……殺されるぜ?」
「……気をつけます」
「こっちだ」
ザックは廊下をそのまま進み、扉に手をかけて中に入った。
「ここが俺の個室さ。いいところだろ」
扉を閉めてザックが得意げに言う。
六畳ほどの部屋だが一人で暮らすには十分だ。清潔なベッドと着替え、本にボードゲーム、それからエロ本もあり、棚にはお菓子の包みまで置いてある。
「ま、すげぇ奴はもっとすげぇけどな。ボスは部屋でストリップパーティーしてるって噂だぜ」
ザックは軽薄な笑みを浮かべた。
「さぁ、ここには誰も来ねぇ。情報を聞かせてくれよ」
「情報ね、情報は……ないよ」
「なんだ――ッ!?」
僕は一歩でザックの懐に潜り込み、片手で彼の首を掴んで持ち上げた。彼の脚が床から離れ宙を蹴る。
「て、てめぇ、こ、こ、んなこ、として、ただで………」
苦しそうにザックが呻く。
「食事は肉体を作る。別に一か月食事抜きでも僕は余裕で生きられるけど、肉体の質は確実に落ちるんだ。だから食事には妥協できない。ま、抜け出して食べてもいいんだけどさ。寝床は別に野宿でもいいし……あ、雨の日とかは室内がいいかな」
僕は徐々に首を絞める力を強くしていった。
「や、やめ、やめろ……」
「ザック君、君には二つの選択肢がある。生きるか、死ぬかだ。君はどちらを選ぶ?」