夢を裏切る血濡れの魔王
大商会連合の崩壊は一瞬だった。
紙幣の換金に訪れた大量の民衆に応えるだけの金貨を彼らは持っておらず、店を締めて夜逃げする商会も現れた。最終的には騎士団が介入し、強制的に金庫を開けさせたがその中身は流通している紙幣に比べればほんの僅かしかなかったという。
商人たちは捕らえられ、今後厳しい罰が与えられる。
そして大商会連合の崩壊を目の当たりにした民衆が、次に向かうのはミツゴシ銀行だった。
大商会連合崩壊の翌朝、彼らはミツゴシ銀行の王都支店の前に押しかけた。
王都の大通りを埋め尽くすほどの人数だったという。
朝の開店と同時に、彼らは紙幣を握りしめて入店しそして驚愕した。
吹き抜けの大きなホール一杯に眩いばかりの大量の金貨が積み上げられていたのだ。
銀行員も民衆に笑顔で対応し、彼女たちには余裕が満ち溢れていた。
続々と換金に応じていくミツゴシ銀行に、一人、また一人と民衆は踵を返していった。
そして、その日の昼過ぎにはミツゴシ銀行の前に並ぶ民衆はほとんどいなくなっていた。
実際に換金した人間は、その日並んだ民衆の三割程度だった。
ミツゴシ銀行の対応を見て、民衆は安心したのだ。
積み上げられた大量の金貨、笑顔で丁寧な銀行員、そして今まで築き上げてきたミツゴシグループとしての信頼。
その証拠に、すぐに紙幣の貸し出しを希望する顧客も現れた。
ミツゴシ銀行、そしてミツゴシ商会は、大商会連合の崩壊により更なる地位と信頼を築き上げたのだ。
その力はもう、国ですら手出しできないほどだった。
今ミツゴシ商会が撤退すれば、王国の経済は崩壊する。
王国は今回の騒動で信用創造を危険視することになった。しかし、ミツゴシグループと彼らがもたらした信用創造が王都に空前の好景気をもたらしたのもまた事実だ。
王国はミツゴシグループとミツゴシ銀行の代表と話し合い、信用創造にかかわるいくつかの取り決めを交わすこととなった。
こうして、一連の騒動は終結した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕はスライムスコップで穴を掘っていた。
あれからずっと、穴を掘り続けた。
だけど、どうしてだろう――何も出てこないのは。
どうしてだろう――ユキメと音信不通になったのは。
ユキメに王都にある金貨をとりに行かせて、僕は穴を掘って金貨を回収しハッピーエンド。そのはずだったのだ。
なのに、金貨は出てこず、ユキメは音信不通。
そして気づけば、なぜかミツゴシ銀行は信用崩壊を乗り越え、雪狐商会はミツゴシグループの傘下に入っていた。
なぜだ。
どういうことなのだ。
一つ分かることは、僕の計画は破綻したということだった。
こうなった以上、ユキメもミツゴシグループに屈するしかなかったということか。
ぐぬぬ……。
「ボス、何も出てこないのです」
手でザクザクと地面を掘りながらデルタが言った。
「きっと……きっと、あるはずだ」
僕もそう言いながら掘る。地面を掘るだけなら一帯を吹き飛ばせばいいのだが、そうなると金貨まで吹き飛んでしまう。
結局、地道に掘るしかないのだ。
僕の匂いを追ってきたデルタも、猫の手ならぬ犬の手で協力してもらっている。
「ボス、これも秘密のシークレット任務?」
「そうだよ、だからアルファたちには話しちゃだめだ」
「わかった!」
「デルタ、これはダイイングメッセージなんだ」
「だいいんぐめっせーじ?」
「死者が語る真実の言葉さ。僕は互いに憎しみあい死闘を演じた敵と最後に分かり合えた。死に往く彼が残した言葉は『雪』。そして彼が差す場所は『ここ』だ。つまり彼はこの雪の下に大切なモノを埋めたんだ」
「すごい!」
「これが推理ってやつだよ」
「推理!!」
デルタは尻尾をブンブン振りながら目を輝かせた。
「穴掘りが終わったらボスが何でもいうこと聞く?」
「ん?」
「ボスが約束した!」
「んん?」
「ボスが約束したの!!」
「んんん?」
「うぅ~」
デルタは上目使いで僕を睨んだ。
「ごめんごめん確かにそんな話をしたけどさ」
「した!」
「何でも言うこと聞くとは言って――」
「聞くって言った!」
「いや僕は僕のできる範囲でね」
「聞くって言ったの!!」
だめだ、デルタの中ではもう僕が言ったことになってるパターンだ。
「デルタ、嘘はダメだ、僕は言ってない。もしここにボイスレコーダーがあればデルタの嘘はバレてしまうよ」
「ぼいすれこーだー?」
「陰の兵器さ。起動すれば世界は消滅する」
「ええ!?」
「世界が消滅したら嫌だろ、だから嘘はいけない」
「うぅ~~世界が消滅したら嫌……で、でもボスが言ったの……」
デルタは涙目で、というか半べそだった。
「あーわかった、僕も譲歩しよう。できるだけのことはする。でもねデルタ、僕はサンタさんじゃないから何でもは聞けないんだ」
「サンタさん?」
デルタは首を傾げた。
「サンタクロース……陰の世界に君臨する極悪非道の紅き魔王さ……」
「魔王!?」
「奴の装束は血濡れの紅。人々の夢を裏切り絶望を与え、その血で装束を染めるのだ……」
「ひどい!」
「そうさ、ひどい奴なんだ。僕も昔ひどい目にあった」
「ボスも!?」
「僕はどうしても叶えたい夢があってずっとお願いしていたんだけど裏切られ続けたんだ」
「夢?」
「僕は陰の実力者に――いや、やめよう。僕は本当に大切なモノは言葉にしないって決めてるんだ。とにかく、僕は幼い頃から毎年奴に裏切られ続け心にひどい傷を負ったんだ。つまりねデルタ。僕が言いたいのは、僕はサンタさんじゃないから何でもは聞けないってことなんだ」
デルタはなぜか僕の顔をじっと見て、目をパチパチ瞬いた。そして彼女は首を傾げる。
「でもサンタさんは何でも聞かないよ? サンタさんはボスの夢を裏切ったの!」
確かに。
「あれ」
「あれ!」
「話が繋がらないね」
「繋がらないね!」
僕らは二人そろって首を傾げた。
「まあいいや。要するに譲歩はするけど何でもは聞けないよって話さ」
「うぅ~~」
「さて、僕はこれから旅に出るから、僕が帰ってくるまでにお願いを考えておくんだよ」
「旅!?」
「うん、ちょっと自分探しの旅にね……」
アルファたち絶対に怒ってるから、少し冷却期間が必要なのだ。人の感情は時と共に薄れていく。つまり時間が解決するはずだ。
ちょうど学園も冬休みに入ったし、オリアナ王国で内乱するっぽいし、オリアナ王国に突入かな。楽しみだなぁ。
それが終わったらしれっとアルファたちの前に登場すればいい。あえて謝罪はしない、まるで何事もなかったかのように普段通りに振る舞うのだ。
なぜなら僕は人間関係で勝ち続ける最強の奥義に気づいてしまったのだから。
それは――相手に呆れさせること。「あ、こいつに何言っても無駄だわ」と思わせたら勝ちなのだ。
赤ちゃんが何をやっても誰も文句は言わない。つまり僕自身がそのレベルまで堕ちればいいのである。
しかし気を付けなければならない、この奥義は諸刃の剣なのだ。
なぜならこれは、勝利であると同時に敗北でもあるのだから……。
「それと、穴掘りはもういいや。手伝ってくれてありがと」
僕の計画は破綻したのだ。よく考えたら今さら金だけ手に入っても陰の実力者になれない。
「ということで、僕は旅に出るよ! じゃ、またね」
「あ、ボス! 何か出てきた――!」
背後からデルタの呼び止める声が聞こえたが、僕は彼女の『お願い』につかまらないよう全力ダッシュで去った。
そういえば今日は12月24日。僕が初めてサンタに裏切られたのもこんな雪の降る夜だった。
はぁ……僕はまた『陰の実力者』になれなかったみたいだ。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら、下にある☆をクリックして応援していただけると嬉しいです!
皆様の評価が励みになりますので、どうかよろしくお願いします!