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話しても時間の無駄

 月丹がユキメの首から手を放し立ち上がる。


「ジョンはん……」


 ユキメは苦しそうに息を吐きその名を呼んだ。


「貴様がジョン・スミスか。俺が貴様から奪ったと言ったな。だが、貴様も俺から奪ったではないかッ!」


 月丹はその潰れた眼孔でジョン・スミスを睨んだ。


「知るか。俺は貴様が俺から奪ったモノを取り返しに来た――それだけだッ」


「こいつのことか。はっ、だが貴様に取り返せるかな」


「取り返すまでよ」


「雑魚が……だが俺も貴様から取り返さねばならん。貴様が俺から奪ったものをな!」


 そう言って月丹は長い刀を構える。


「俺から取り返すだと? 何の話だ」


「しらばっくれる気か、下衆がッ……」


 月丹はチッと舌打ちする。


「それは俺の台詞だ、犬がッ」


 ジョン・スミスもチッと舌打ちを返す。


「話にならんな。話す必要すらない」


「時間の無駄だ」


 ジョン・スミスも鋼糸を展開する。


 二人は憎しみを込めて睨み合い、そして――。


「月丹ッッッッッッッ――!!」


「ジョン・スミスッッッッッッッ――!!」


 激しく衝突した。


 月丹の長刀がジョン・スミスに迫る。しかし、ジョン・スミスは避けようとすらしなかった。


 長刀はそのまま彼の首に迫り、そして突然停止した。


「ッ――何!?」


 空中で突然停止した己の刀に驚き、月丹は刀を引く。


 ジョン・スミスは悠然とそれを見送って呟いた。


「今、何かしたか……?」


 月丹は不快そうに舌打ちした。


「貴様……何をした。いや、糸か。細い糸に魔力を流し刀を止めたか」


「ほう……視力を失ってよく気づいた」


「失くしたからこそ分かるものがある。俺は視力を失って魔力による空間探知能力が飛躍的に上がったのだ」


 月丹の魔力が周囲に満ちていく。


「見えるッ、見えるぞ! 貴様の糸が全て手に取るようにな!! 確かに、これほどの糸を自在に操る技量は大したものだ。だが、相手が悪かったなァ!」


 月丹は唇を歪めて嗤った。


「俺には見える! 相性が悪いんだよッ」


 月丹が再度ジョン・スミスに斬りかかった。ジョン・スミスは距離を取り月丹の長刀を捌くが、ジョン・スミスの鋼糸は月丹に掠りもしない。


「無駄だッ!! 全て見えていると言っただろう!!」


 後退するジョン・スミス、それを追う月丹。


 ユキメは激しく争う二人を涙を浮かべて見ていた。彼女の瞳に映るのは、懸命に戦うジョン・スミスの姿……。


 ユキメは、ジョン・スミスが今まであれ程怒りを露わにした瞬間を見たことがなかった。


 彼とはそれほど長い付き合いではない。


 でも、感情を表に出すタイプではないことは理解していた。


 その彼が、怒っていた。


 心の底から、怒っていたのだ。


 彼はユキメを奪い、そして傷つけた月丹に対して本気で怒っているのだ。


「ジョンはん……どうして……」


 彼とはそれなりに親しくはなった。しかし、それはあくまで仕事上の付き合いだとユキメは思っていたし、ジョン・スミスもそう思っているはずだった。


 だが、そんなジョン・スミスに秘められた熱い想い……。


 彼は大切なモノを取り返しに来たのだ。


 トクン、と。


 ユキメの心が高鳴る。


 ユキメは全てを奪われたあの日から、その心を凍らせて独りで生きてきた。


 何があっても、誰に抱かれても、微笑んで受け入れた。


 氷は自分を守る防壁であり、その氷が溶けることは決してなかったのだ。


 だが、ジョン・スミスの熱い想いに、少しずつ彼女の氷が溶けていく。


 ユキメの瞳は、もうジョン・スミスだけを追っていた。


「ジョンはん……!」


 劣勢に見えるジョン・スミスだったが、彼の実力がこの程度ではないことをユキメは知っている。


 彼は、必ずユキメのために勝ってくれる。


 彼女はそう、信じていた。


 そして――。


「その程度か……?」


 その言葉は、ジョン・スミスから放たれた。


「くッ……」


 月丹は息を荒げ、ジョン・スミスを睨む。


 ジョン・スミスを追っていた月丹だったが、彼の長刀は一度もジョン・スミスを捉えられなかったのだ。


 それどころか、彼の身体には無数の小さな傷が刻まれている。


 確かに月丹は全ての鋼糸を見切っていた。


 しかし、見切っていたからこそ、彼は鋼糸の網に飛び込むことができなかったのだ。


 ジョン・スミスの展開する鋼糸はまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされ、一度踏み込めば逃げ出すことはできない。


 獲物の動きを先読みし、封じ、捕らえる完璧な配置を、月丹は察してしまったのだ。


 試しに少し無理をすれば、即座に無数の傷を刻まれる。


 踏み込まねば刀は届かない。しかし踏み込めば――死。


 いつしか月丹は永遠に届かぬ刀を振り回すことしかできなくなっていたのだ。


「なぜ、貴様にそれほどの力がッ……」


 月丹は唸るように言った。


 ジョン・スミスはただ悠然と月丹に歩み寄る。彼の鋼糸はいつの間にか、月丹の逃げ道を封じていた。


「言え……。貴様には、言うべきことがあるだろう」


「――ッ」


 ジョン・スミスに指摘された月丹は、一瞬だけユキメの方に顔を向けた。しかし彼は首を横に振る。


「なんの話だ。いうべき言葉など、俺にはないッ!!」


「そうか――」


 次の瞬間、月丹の胸に血飛沫が舞った。彼を取り囲む鋼糸が、肉を切り裂いたのだ。


 しかし月丹は苦痛に顔を歪めながらもジョン・スミスを睨みつける。


「俺は力を求めた! 多くのモノを犠牲にし、力を求めたのだッ!! 今さら後には引けぬのだッ!!」


 彼は懐から大量の赤い錠剤を取り出し、それを一気に飲み込んだ。


 それは、明らかに彼の許容量を超えていた。


「俺はもう、二度と奪われない……奪われるぐらいならッ……」


 月丹はもう一度、ユキメの方に顔を向けた。その潰れた瞳で、何かを見ようとしているかのように。


 そして、月丹の身体がどす黒く変色していく。


 筋肉が肥大し醜く歪んでいく。


 そして、大量の魔力が吹き荒れ、降り注ぐ雪をかき消した。


「もう――命など惜しくない」


 月丹の潰れた眼孔が開く。


 そこには紅い、血の塊のような眼球があった。


 血の涙が、頬をつたって流れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] このすれ違いが面白いwそして一人の女が完全に落ちるな
[一言] ま、待ってみんな!! 勘違い、勘違いしているんだ(笑)
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