報復に燃える男
ユキメが目を覚ました時、そこは馬の上だった。
後ろには月丹が乗っていて、ユキメは拘束されていた。
貫かれた傷口がズキズキと痛んだ。しかし血は既に止まっている。
獣人は生命力が強く、今すぐ命にかかわるほど致命的な傷ではなかった。
しかし、重傷であることに変わりはない。逃亡は困難だろう。
「どこへ行くつもりでありんす……?」
ユキメは弱々しい声で訊ねた。辺りは見渡す限り雪原だった。
「偽札の出所が無法都市だということは掴んでいる。金もそこにあるのだろう?」
「……なるほど、わっちに金の場所まで案内させるつもりでありんすか」
「そういうことだ。正直に話せば命だけは助けてやる」
ユキメは唇の端で小さく笑った。
「金の在りか……仮にそこまでたどり着いたとしても、主が金を手に入れることはありんせん」
「――何だと」
「そこにはジョン・スミスはんがおりんす。主では彼に勝てないでありんしょう」
「そいつが貴様の共犯者か……。だが新たな力を得た俺に敗北はない。もう二度と、奪われることもないのだ」
「新たな力……? 月丹、主にいったい何がありんした」
「力が無ければ奪われるのだ。貴様は知らんだろうが世界の裏で暗躍する教団がある。獣人を操り、捕らえ、実験する、非道な組織だ。強大な力を秘める妖狐族と大狼族は奴らに狙われていたのだ」
「妖狐族と大狼族が狙われていた……?」
「ああ。俺は服従し力を得ることを提案した。力が無ければ奪われる。だから俺は力を得たというのにッ……!」
月丹の腕に力が籠った。
「月丹……それが本当ならなぜ村は滅んでしまったのでありんしょう。なぜ主は教団に入ったのでありんしょう」
「五月蠅い!! こんなはずじゃなかった! モードレッド卿に従っておけばこんなことには……。だが……今さら後には引けぬ。俺はもう二度と、大切なモノを誰にも奪われない力を手に入れるのだ。大商会連合がうまくいけば俺はラウンズに入ることができる、そうすれば誰にも手出しされない、俺はそのために覚醒者3rdとなったのだ!!」
「覚醒者3rd……?」
「錠剤の力を最大限引き出せる存在、ラウンズに入るために必要な力だ!」
クツクツと月丹は嗤った。
「なぁユキメ、俺に教えてくれよ。金はどこにあるんだ」
「……教えると思いんすか」
「俺がラウンズに入ればもう二度と奪われない。妖狐族も大狼族も、もう俺とお前しか残っていないんだ。二人でやり直そう、ユキメ」
「月丹……」
「お前が俺を殺さなかったのも情が残っているからだろう。昔からお前は情が深い女だった。俺たちは婚約者だ、今度こそ本当に結婚しよう」
後ろから月丹がユキメを抱きしめる。
顔を寄せ、その唇をユキメの頬に近づける。ユキメは目を瞑って俯いていた。
そして――。
「……違う」
拒絶した。
「……何だと?」
「わっちの知っている月丹は、こんなに弱くはなかった……。錠剤に縋り、金に縋り、大切なモノを裏切ってまで教団に入るような男じゃなかった!」
「……黙れ」
「月丹……なぜ主は、一緒に教団を倒そうと言ってくれないのでありんす」
「ッ――黙れと言っているだろう!!」
月丹が吠えた。
ユキメを馬から投げ落とし、彼女の上に乗って首を絞める。
「貴様に何が分かるッ!! モードレッド卿に会ったこともない貴様に、俺の絶望が分かるかッ!! あの男には……あの男の前には誰もが屈するッ!! 俺だけじゃない、俺だけじゃないんだッ!!」
それはまるで、必死に許しを請う子供のようだった。
「月……丹……」
首を絞める腕に力が入る。
薄れゆく意識の中で、ユキメの瞳から涙が零れ落ちた。
「助け……ジョン……はん……」
そして、一陣の風が吹き辺りに粉雪が舞った。
白く染まった夜の中、一人の男が現れる。
粉雪は彼の周囲で踊り、鋼糸がシュシュシュと空を切っていた。
「――俺の大切なモノを奪ったのは貴様か」
仮面で顔を隠し、黒いスーツを纏い歩み寄るその男は――ジョン・スミス。
報復に燃える男である。