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偽札の噂

 冬の暖かな日差しが部屋の奥まで差し込んでいた。気持ちのいい晴れた午後、ガーター商会の本部で怒声が響いた。


「なぜ偽札の出所を突き止められないッ!」


 月丹は拳で机を叩き、頭を垂れる商会長のガーターを恫喝する。


「そ、それが、無法都市経由で入ってきている所までは追跡したのですが、無法都市の調査はリスクが高く、調査員が次々と消息を絶っていまして……」


 商会長のガーターがボソボソと弁解する。


 ガーター商会の実質的な支配者はガーターではなく月丹だ。


 月丹は教団での地位向上のため多くの資金が必要だった。しかし彼は名が売れた獣人だ。表に立つにはリスクが高い。


 そこでガーター商会を作ったのだ。現在、大商会連合の旗頭はガーターだと見られているが、実際はその裏に月丹が立っているのだ。


「時間がないことが分かっているのか!? もう王都に偽札の噂が広まっているぞ!!」


「は、はい、それが……。既に紙幣と現金とを交換する人々が増えています……」


「なッ、早すぎる!」


「今朝大口の換金が入り、一気に加速しているのです……! 商会連合の商会長からも話が違うとクレームが……き、金庫を閉じて交換を止めることができないかと相談も入っています……」


「馬鹿どもがッ! 今すぐ黙らせろ! そんなことをしたら一瞬で噂が広まり、王都中から民衆が押し寄せるぞ!!」


「し、しかし、このままでは資金が持ちません……!」


「そんなことは分かっているッ!!」


 月丹は再度、その拳で机を叩いた。


「ヒッ――!!」


 分厚い木の机が粉々に弾け飛び、ガーターの顔に小さな切り傷ができる。


 月丹は犬歯を剥き出しにして、その塞がった眼で外を睨んだ。


「……今朝、大口の換金が入ったと言ったな」


「は、はい」


「早すぎる。誰かが扇動している可能性がある。そいつが偽札にもかかわっているはずだ。今すぐ調べろ……」


「は、はいぃ!」


 ガーターが走り去ると、月丹はその手で自分の目を覆った。


 ズキズキと、まるで失われた眼球がそこにあるかのように痛んでいる。こんな時、必ずどこかで過去が絡んでいるのだ。


「まさか……いや、そんなはずは……」


 月丹はしばらく目を覆って、昔の記憶を辿っていた。





 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 白い息を吐きながら、アレクシアは王都の街並みを駆けていた。


 近ごろ噂の偽札の話は彼女の耳にも届いていた。


 ミツゴシ商会と大商会連合の争いから始まった空前の好景気。そしてその裏に潜む黒い噂……。


 アレクシアはちょうどこの日、学校をサボって偽札の噂を調べていたのだ。


 すると、朝方に大商会連合で大量の換金が行われた事が分かった。そして、大商会連合が破綻するという噂が急激に広まっていったのだ。


 街には尾ひれをつけて噂が飛び交い、人々は足早に大商会連合へと向かっている。


 何か――まずいことが起こる。


 アレクシアは姉に相談しようと急いで王城へと向かったのだ。


 姉のアイリスは王城の裏の道場にいた。最近、彼女の姉はずっと道場にこもっていた。


「姉様、聞いてください!」


 練習用の剣を構えるアイリスに、アレクシアが声をかける。


 しかしアイリスはその赤い瞳でアレクシアを睨んだ。 


「アレクシア、私は鍛錬をしているのです」


「姉様、今王都は大変なことに――!」


「アレクシア! 私は、鍛錬をしていると言ったのです!」


「姉様……」


 姉の剣幕に、アレクシアは目を伏せた。


「分かっているでしょう、アレクシア。私は強くならねばならないのです。もう二度と、負けないように……」


 あの日、武神祭でシャドウに敗れてから彼女の姉は少しずつ変わっていった。


 周囲の失望、そして初めての挫折……。


 姉は強さを求めた。


 強さを求め、そしていつしか強さだけしか目に入らなくなってしまった。


 姉を慕ってついてきた『紅の騎士団』の団員からも疑問の声が上がっている。


 アレクシアは思う。皆が姉を慕っていたのは、確かにその強さに対する信頼もあっただろう。だが、それだけではなかったはずなのだ。


 もっと大切なものは、他にあったはずなのだ……。


「姉様の考えは分かりました。でも、お願いです、話だけでも聞いてください」


「……いいでしょう、話だけですよ」


 アイリスはアレクシアを睨んだまま剣を下す。


「今王都ではミツゴシ商会と大商会連合が争っています。彼らは紙幣を発行し――」


 アレクシアは王都で起こっている騒動を丁寧に解説した。


 しかし。


「――それで?」


 姉の返事はそっけないものだった。


「それがどうしたというのです。私には関係ないでしょう」


「関係ないって、姉様……!」


「そんなものは文官に任せておけばいいのです。それとも、私たち騎士が商会に押し入り商人を切り捨てればいいとでも?」


「た、確かに騎士の領分ではありません。で、でも……昔の姉様ならそれでも、何とかしようとしたはずです……」


 アレクシアの声は、少しずつ小さくなっていった。


「私には私のすべきことがあります。今度こそシャドウを仕留めて民衆の信頼を取り戻さなければ、私は……」


 アイリスは俯くアレクシアから視線を外し、剣を振った。


 その剣は鋭く、籠められた魔力も膨大だ。


 でも、アレクシアの目にはその剣がとても醜く見えた。


「姉様……」


 アレクシアは悲しそうに呟いて、道場を後にした。

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