仮初に気づきし者
偽札は予定通り少しずつひっそりと流通していった。
僕はジョン・スミスモードで時計塔の上に立ち、空前の好景気に沸く夜の街並みを眺めながら、その裏に潜む組織の計画を見通している。
「所詮、全ては仮初……」
そして、意味深に微笑む。
僕らの『計画』を察するのは誰が最初だろうか。
全てを知るジョン・スミスにとって、この仮初の時間は退屈でしかないのだ。
そんなことを考えながらボケーっと夜景を楽しんでいると、王都からひっそりと出立する一台の馬車が見えた。
そして、隠れてその馬車を追う三人の黒い影も……。
「そうか……最初に気づくのはやはり……」
僕はその影を追って時計塔から飛び降りる。
三人は見覚えは無いシルエットだけど、スライムボディスーツを着てる時点で察するよ。当然、彼女たちもミツゴシ商会のために動くよね。だから、僕は僕の目的で動く。
あ、一人見覚えあった。
無事だったんだね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
664番は深夜の王都を隠れるように出立した馬車を追いながら、後ろに振り返って666番を睨んだ。
「666番、ホントにホントに、独断は禁止よ、いい? 分隊長は私なんだから、私の指示に従いなさい」
「わかってます」
「分かってないから言ってるのよ、もう。この前だって一人で勝手に突っ込んで……結果上手くいったからいいものを、あなた何を焦っているの?」
「私は……別に」
666番は俯き、短く否定する。
「そうやってすぐ抱え込む、もう。あなたが何を思っているか、話してくれないと分からないわ」
「664番、今は任務に集中しましょう」
「ええそうね、その通りよ、まったく。任務に集中したいから、独断先行する人に忠告しているの」
664番は666番から視線を外し溜息を吐いた。
それと同時に、後ろからあくびが聞こえた。
「ちょっと、665番、あくびしたでしょ?」
664番は再び振り返って、今度は665番を睨んだ。
「してませぇん」
「した、絶対した、聞いたもん。あなたも任務に集中しなさい、もう。この任務は大事だって説明したでしょ」
「はぁい」
気の抜けた返事をする665番から視線を外し、664番は前を走る馬車を睨む。
今回は、近ごろどこからか流れ込んでいる大商会連合の偽札の出所を掴む任務だ。七陰のガンマが怪しいルートを絞り込み、いくつかあるその流入ルートの一つが前を走る馬車だった。
この馬車の追跡を、彼女たちは任されたのだ。
七陰からの直接与えられた任務だ、失敗はできない。気合が入るのもわかる。
だからこそ、664番は心配なのだ。
666番は焦っている。彼女の戦闘力は皆が認めているし、彼女のおかげでこの分隊が高い評価を得ていることも知っている。
しかし、666番の独断専行は最近目に余るものがある。
何を焦っているのかは知らないが、このままではいつか必ず失敗する。
そして、世の中には取り返しのつかない失敗もあるのだ。彼女たちの任務は、一つ間違えば命を失うのだから……。
664番はこの任務が無事に終わることを願い、意識を集中した。
しかし――その願いは叶わなかった。
「下ッ!」
唐突な666番の叫び。
全員がその声に反応し、跳んだ。
しかし間に合ったのは、666番だけだった。
「キャッ!?」
「ぅッ!」
664番と665番は何かに足を取られて転んだ。
受け身を取って立ち上がると、彼女たちの足には細い糸のようなものが絡まっていた。
「これは……糸?」
「魔力を通した鋼糸かなぁ……」
664番の疑問に665番が答える。二人はスライムソードで糸を斬り、敵の襲撃に備えた。
視線の先で、666番がすでに剣を構え暗闇の奥を睨んでいた。
気配は全く感じない。
しかし、夜の闇の中から男が一人歩いて来る。
コツ、コツ、と固い大地を歩きながら、彼は現れた。
それは、黒い髪をオールバックにまとめたスーツ姿の男だった。その顔は無機質な仮面に隠されて見えない。
その男は無手だった。
武器は何も持っていない。
しかし、目を凝らせば彼の周囲を月明かりに反射する糸が見える。
その糸はまるで生きているかのように、自在に宙を漂っていた。
「気を付けて、奴は鋼糸を使うわ」
664番は注意を促し、彼女たちはその鋼糸使いと対峙する。
無機質な仮面の男と、月明かりに輝く数多の糸。その姿はどこか幻想的だ。
「仮初に気づきし者よ――」
男は感情の読めない無機質な声で言った。
「俺はジョン・スミス。この先は――貴様らにはまだ早い」
そして、夜の空に鋼糸が拡散した。