スーパーエリートエージェントの力
偽札工場は王都と無法都市の間にある地下施設に作った。
実はここ、僕がユキメに推薦した場所で、昔姉さんが盗賊に攫われたときにみんなで盗賊狩りした場所だったりする。秘密施設っぽくてぴったりだと思ったんだ。
ここで作った偽札を無法都市に送り、そこから王都に流通させることで、偽札の出所を分かりづらくする作戦のようだ。
まだ小さなアルファたちと侵入した施設の中は、ユキメの部下たちが働く偽札工場へと姿を変えていた。
せわしなく動く従業員を後目に、僕はナツに案内されて工場の奥へと進む。
改装された綺麗な扉を開けると、そこは大きな社長室のような空間だった。
「来んしたか、ジョンはん……」
僕は室内にあるソファーセットの、ユキメの向かいに座る。
「完成したようだな」
「確認してくんなまし」
ユキメは艶っぽい微笑みを浮かべて、テーブルの上の包みを開ける。
中からは二つの札束が現れた。
どちらも一万ゼニー札が、おそらく百枚ずつあるだろう。
「どちらが本物か、わかりんすか?」
ユキメの口調からは自信がうかがえる。
僕は二つの札束を手に取って見比べる。
やばい、まったくわからん。
しかしスーパーエリートエージェントならここで僅かな違いを見破るはずなのだ。
そして僕の超強化した視力も僅かな違いを見破っている。紙質の差、インクの差、印字の差、それぞれほんの僅かだが、確かに違いがあるのだ。
しかし、しかしだ……そもそも僕は元の紙幣を覚えていないッ!
つまり、僅かな違いを見破っても、どちらが本物か分からないのだ。
どうする……どうするスーパーエリートエージェント……!
精度が悪い方が偽物っぽい気もするが……。
僕は無駄にパラパラと紙幣を捲って意味深に微笑みつつ頷いて分かってる雰囲気を出す。
そして……。
「答えるまでもない……」
「どういう意味でありんすか?」
ユキメの顔は怪訝そうだった。
「二つを比べると、こちらの紙質がやや粗い」
僕は荒い方の札束を掲げた。
ユキメの顔に驚きの色が浮かぶ。
「インクの滲にも違いがある。こちらの方が滲みが大きいな」
「――ッ!」
ユキメの目が大きく見開かれた。
「最後に印字も僅かに歪みがある。ここだ」
「なッ!?」
ユキメはついに手に取って札束を見比べた。
「た、確かに歪みがありんす……。わっちも何度も確認したのに……」
「答えを言う必要があるか?」
「聞くまでもありんせん、こちらの精度が悪い方が本物でありんす……」
そ、そっちだったのか。
「いい紙幣を作ろうとしすぎたな」
「……作り直しでありんすか?」
「その必要はない。俺以外に見破れる奴はそういないだろう」
拙速は巧遅に勝るというやつだ。細かいことはいいからもうバラ撒こう。
「時間もありんせんし、そうしんしょう。ジョンはんには敵いんせんわ」
ユキメは諦めたように笑った。
「ほな、さっそく明日から流通させようと思いんす。はじめは少しずつ、徐々に量を増やしていく予定でありんす」
「ああ」
「流通量が増えると偽札の出所が探られるでありんしょう。ジョンはんにはその始末、お願いしんす。ただ……」
ユキメはそこで言い辛そうに言葉を切った。
「……どうした?」
「ただ一つ、お願いがありんす」
「ほう」
「もし、月丹という男を見つけたら……殺さずに見逃してくんなまし」
「……理由は?」
「理由は……」
ユキメは目を伏せて言葉を選んだ。そして、ゆっくりと語りだした。
「あれは、わっちの尻尾がまだ一本だった頃の話でありんす。わっちは、母上と二人で暮らしていんした。妖狐族の、小さな村でありんした……」
俯いたユキメは、どこか懐かしそうだった。
「争いとは縁のない平和な村で、尻尾が三本あった母上はその力で狩りをして生計を立てていんした。わっちは母上が狩ってきた獲物を捌く手伝いをして、決して裕福ではありんせんが幸せな日々を過ごしていんした。でもそんな日々がいつまでも続くことはありんせんでした。母上が狩りに出かけたあの日、わっちの村は……」
そこで言葉を切って、ユキメは顔を上げた。
「今日は、ここまでにしんしょうか。続きはもう少し仲良なってから……」
そして悪戯っぽく笑った。
「話す気はないと――?」
「仲良なっていきますか?」
ユキメはクスクスと笑った。
「冗談でありんす。わっちはあの男に全てを奪われた。今度はわっちが、あの男の全てを奪う番でありんす。殺すのは、全てを奪った後で、わっちの手で……」
ユキメは悪戯っぽい笑みを顔に貼り付けたまま、変わらぬ声色でそう言った。
「復讐か、いいだろう……」
そうだ。圧倒的な実力を見せつけつつあえて見逃し、リベンジに燃える敵を返り討ちプレイしよう。
「月丹は両目に傷のある盲目の獣人でありんす」
「わかった」
僕は立ち上がり背を向ける。
「復讐は好きにしろ。だが、復讐に捕らわれて、己の道を見誤るなよ……」
そして去り際にそう呟くのだった。