表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/206

【書籍化記念】あの日の香り……【閑話】

【今回の閑話は書籍のサンプルです】


 この度KADOKAWAエンターブレイン様より書籍化が決定いたしました。1巻は11月5日発売です! amazonにて予約購入できます!


応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!


 今回の閑話は書籍に追加されるストーリーのサンプルです。書籍に追加されるのは別のストーリーですが、だいたいこんな感じをイメージして頂ければ大丈夫です。


 書籍には合計五つのストーリーが追加されています。


 ベータと主人公の出会いや、シドに命懸けで守られた恋するローズの話や、さらにシャドウ様戦記完全版とか。他にも二つのストーリーが追加されていますので、気になる方はぜひ手に取っていただけたら幸いです。


 詳しくは活動報告に書きますので、ぜひ読んでいってください。

 木の香りがした。


 窓から差し込む木漏れ日の中で、書類を整理していたアルファはふと顔を上げた。


 立ち上がって窓辺に向かうと、窓の外には大きな街路樹がそびえ、その向こうに王都の街並みが広がっている。


 季節は秋の終わり。街路樹は鮮やかに紅葉し、風と共に木の香りを運ぶ。


 あの頃は、いつも暖かい木の香りに包まれていた。


 アルファは瞳を閉じて、昔を思い出す。


 皆で暮らしたあの日々を。懐かしい、木の香りを――。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 


 シャドウガーデンが、シャドウとアルファの二人だけだった頃、アルファは森の中で暮らしていた。


 日中は彼が建てた小屋で一人きり。


 小屋の中はいつも木の香りで満たされていた。彼が木を切って一から建てた小屋だ。『ツーバイフォー』という建て方を、その時アルファは学んだ。


 はじめは見ている事しかできなかったが、少しずつ手伝い、仕上げはほとんど彼女一人で行った。


 彼と彼女、二人で建てた思い出の小屋。


 質素だったし、少しへたくそだったけれど、木の香りに満ちたその小屋がアルファは大好きだった。


 彼は夜中しかここに来れなかった。だからアルファは毎日夜が来るのを楽しみにしていた。


 日中は魔力と剣の訓練と、山菜採りや罠で小動物を狩った。


 夜、彼はパンやお肉を持って来て、アルファがそれを料理する。二人だけで食事しながら、彼はいつもいろんな話を聞かせてくれた。


「湯気には巨大な鉄の塊を動かす力があるんだ」


 ある日、彼はアルファが作ったシチューを食べながらそんなことを言い出した。シチューからのぼる湯気を、アルファはしばらく見ていた。


 このか弱い湯気に、そんな大きな力が秘められているとは到底思えない。


 だけど今まで彼が話してきた知識は、それがどんな途方もない話でも事実だった。この世界が平面ではなく球であることも、太陽がこの世界を回っているのではなくこの世界が太陽の周りを回っていることも、最初はあり得ないと否定したアルファだったが結局彼の話が正しかった。


 だからこの湯気にも、必ず大きな力が秘められているのだ。


「どうすれば、湯気からそんな力を引き出すことができるのかしら」


 アルファのシチューをおいしそうに食べながら、彼はしばらく無言だった。


 彼はいつだって、何を話すべきで、何を話すべきでないか考えているのだ。


「水を温めると蒸気になる。それが大きな力を生むのさ。ヒントはえっと……ピストン運動とタービンだったかな」


 そう言って意味深に微笑む。


 彼はすべてを語らない。ヒントを与えて、必ずアルファに考えさせるのだ。


「それだけじゃわからないわ」


 いつもよりずっと難しい。早速明日から蒸気の研究に取り掛かるつもりだったが、たったこれだけのヒントでは答えにたどり着くまで時間がかかりすぎる。


「蒸気の力を使えば、巨大な鉄の車を走らせたり、鉄の船を走らせたりできる」


 しかし、彼が語ったのはヒントではなく蒸気機関の利用例だった。


 本当に鉄の車や船を動かすことができるのなら、それはとんでもないことだ。そして彼ができると言うのであれば、それは必ずできるのだ。


「つまり、蒸気機関にはそれだけの時間を使う価値があるということね……」


 彼は意味深に微笑むだけだった。彼はいつだってアルファに考えさせる。


 そうやって、彼女に知識を授け、考える力と問題を解決する能力を鍛えるのだ。そしてそれは、飛躍的に彼女の能力を向上させ、国で英才教育を受けていた頃より何倍もの知識を彼女に与えた。


 武力は、大きな力だ。しかしそれ以上に知力は、大切な力なのだ。


 アルファは自分でも頭のいい子供だと思っている。故郷では、誰も彼女に敵わなかった。


 だが、それでも――同年代の彼はアルファの遥か高みにいた。


 上には上がいる。


 アルファは眩しそうに、彼の横顔を見つめた。


「ん? どうしたの?」


「……なんでもない」


 二人でシチューを食べて、それから彼に剣と魔法の指導をしてもらい、日が昇る前に彼を見送る。


 彼女は毎日、彼の姿が見えなくなるまで手を振った。


 彼女は幸せだった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 季節が流れて、二人だけの時間は終わりを告げた。


 銀色の髪に泣きぼくろの少女、ベータが仲間に加わったのだ。


 ベータは人見知りで、彼のことを怖がっていて、いつもアルファの後ろに隠れていた。国にいたころから、アルファはベータのことを知っていたし、ベータもアルファのことを知っていた。友達だったわけでもないし、社交の場で挨拶を交わしたことしかなかったけれど、同じ境遇の二人はすぐに打ち解けた。


 それからすぐにガンマとデルタが加わり、一人きりで寂しかった小屋は随分にぎやかになった。


 彼に習った技術で、アルファたちは小屋を増築し、立派な家を建てた。木の香りに満ちた、温かな家だった。


 ある日、彼はデルタとガンマの指導を早めに切り上げて皆を集めた。


 デルタは得意げにガンマを見下ろし、ガンマは半べそでデルタを睨む。いつもの光景だ。


「デルタの方が強いのです」


「わ、私の方が年上だし……私の方が先輩だし……ぐすっ……」


「ガンマのくせに生意気だ」


「ちょっと、や、やめてよぉ……」


 デルタがガンマを押し倒し背後から覆いかぶさる。これもいつもの光景だ。


 なんでも、犬は上下関係を分からせるために上に乗るのだという。


「はいはい、もうやめなさい」


 アルファが二人を引き離す。デルタはアルファの言うことは素直に聞く。よくも悪くも、上下関係に忠実なのだ。 


 だからこそ自分より弱いガンマが上にいることが気に食わない。


 ガンマもデルタみたいな脳筋が気に食わない。


 二人は犬猿の仲だった。


「力とは武力だけではない。人の世を支配するのはいつだって知力だ」


 彼は皆を集めてそう言った。


「ボス……?」


「シャドウ様……」


 デルタとガンマが彼を見上げる。デルタはよくわかっていない顔で、ガンマは彼の言葉に救いを求めるかのように。


 風が木の香りを運んでくる。


「教えてやろう。たった一枚の金貨が何倍にも膨れ上がる知の力を。金を操り、世界の経済を支配する術を……」


 それから、彼は銀行と信用創造という途方もない計画を語ったのだ。


「すごい……」


 アルファの口からこぼれたのは、小さな子供のような感想だった。


 そのスケールの大きさに、彼の凄まじい智慮に、アルファは震えていた。


 ベータはアルファの後ろで、シャドウを恐れて震えていた。


 デルタは冷たい夜風に吹かれて寝ながら震えていた。


 そしてガンマは――感動に震えていた。


 暗く、弱々しかった彼女の瞳に、強い力が戻っていた。


「シャドウ様、私は……進むべき道を、見つけました」


 彼はただ頷いた。


 その日から、ガンマは変わった。貪欲に彼の知識を求め、寝る時間も惜しんで研究に励んだ。


 アルファもガンマと話し合う機会が多くなり、そこにベータも加わって将来の組織の形を描いていった。


 やがて、イプシロンが加わり、ゼータが加わり、最後にイータが加わった。


 木の香りに包まれた家で、彼女たちは幸せだった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 あの日から、アルファは走り続けてきた。


 木の香りに気づかないほど、がむしゃらに生きてきた。


 茜色の木漏れ日が室内を美しく染める。


「アルファ様、時間です」


 ノックの音が聞こえて、ガンマが入室した。


「覚えてる? 木の香りの中で、二人で語り合った……」


「木の香り……?」


 ガンマはアルファの隣に立ち、大きな街路樹を見上げる。


 そして風が運ぶ木の香りを吸い込んで目を細めた。


「懐かしいですね……」


「あの日描いた夢が形になっていく……でも、まだ夢の途中よ」


「……そうですね」


「我らは、我らの信じる道を、走り続ける。遮る者には容赦しない。さあ、行きましょうか」


「はい!」


 二人はそろって部屋を出た。


 あの日の木の香りは、いつまでも胸の奥に残っている

 皆様のおかげで書籍化できました! 本当にありがとうございます! 


 詳細は活動報告に書きますので、ぜひ読んでいってください!! 11月5日発売、amazonにて予約購入できます!


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
実家のことを考えさせらました。 懐かしいけど、寂しい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ