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こうして魔王城改造計画は始まった。始まった、が――
「…………」
計画は遅々として進まなかった。当たり前だ。ダンジョンを一階層増やすのに一日、さらに内装を整えるのに一日。つまり一階層造るのに実質二日かかるのだ。ならば人海戦術でいけばいいと思いきや、なんと〈ダンジョン創造〉を使えるのはラグのみときたもんだ。理由はそれが魔王の固有魔法だから。もうお手上げだ。
そしてさらに問題なのがラグのお莫迦さ加減――無理矢理言い換えるのなら人の良さ、といったところか。とにかく甘っちょろいのだ、この魔王様は。そう、ラグには戦争してるんだという自覚が圧倒的に足りない。
ある日、こんなことを聞かれた。
「師匠、ダンジョンに設置する宝箱ですが、各階層にいかほど設置いたしましょうか?」
「――は?」
呆れてものも言えない。なんで侵入者撃退用のダンジョンにその侵入者に利するものを設置なんてしようとしてるんだこいつは。
「莫迦なの?」
「何故ですか、師匠!?」
ええい煩い! 叫ぶな! 泣くな!
「なんでわざわざ宝箱なんて置くの」
「そういうものだからです」
なんだそりゃ!? 様式美だとでも言いたいのか!
ギロリと睨み付けると、慌てて詳しく教えてくれた。
「つまりですな、ダンジョンを造るとどうしても宝箱も出来てしまうのです。これは魔法に付随しているもので、術者である我でもどうしようも出来ませぬ」
様式美ではなく仕様だったらしい。ダンジョンを造ると、自動で各階層に最低五つは宝箱が出来てしまうそうだ。しかも増やすことは出来ても減らすことは出来ないらしい。
「じゃあ全部空で。あともれなくデストラップ仕込んで」
「…………」
ラグがどん引きしていた。
「なに?」
「鬼ですな、師匠は」
そういうあんたは魔王でしょうが。
「ラグが甘いだけ」
さらにある日。
「師匠、ダンジョンの罠はどのようなものがいいでしょう?」
「どんなのを用意したの?」
「踏むと左右の壁から矢が飛び出るスイッチ、強制的に入り口まで戻す転移装置、落とし穴、下を通ると礫の降り注ぐ回廊などですな」
ふむ。どれも悪くはないが詰めが甘い。これでは確実に相手を抹殺できないではないか。いやしくもダンジョンの罠たるもの、掛かった者を確殺出来なければ意味がない。
「矢は全方位から飛び出るように。転移装置の行き先はモンスターハウス。待機させているモンスターには目の前に敵が現れた瞬間殺すように指示を徹底。落とし穴は上から礫が降る回廊とセットで。あと降らせる物は槍に変更。落とし穴の下にもちゃんと槍床を設置して。穴の広さは十五メートルくらい。絶対に飛び越せない広さで」
ざっと思いつく改善点を指摘する。
「綺麗な水場も用意して。もちろん水は無味無臭の毒入りで」
「師匠は一体、何と戦うつもりなのですか?」
そんなの、人間に決まってる。
こうして、様々な問題を抱えながらも亀の歩みでなんとか進んでいたダンジョン改造計画だが、ここに来て最大の問題点が発覚した。
「……ダンジョンコアがない?」
それは、ラグと罠について語り合った次の日のこと。朝食の席で、ラグはおもむろに切り出したのだ。
ダンジョンを造りその内装を整えるのは、ラグの持つ〈ダンジョン創造〉で出来る。だが、ダンジョン内を徘徊するモンスターを生み出す為には、ダンジョンコアと呼ばれるアイテムが必要なのだそうだ。で、そのダンジョンコアがどこにあるかというと――
「人間達の城にあるはずです」
「なんで?」
「それは、ですな……」
気まずそうに目をそらすラグ。あ、これは碌でもない落ちが待っているパターンだ。
「昔、勇者に奪われてしまったのです」
ほら、やっぱり。
「お莫迦」
なんでそんな大事なもの奪われてんのさ、あんたは。
「い、いえ。奪われたのは我ではないですぞ、師匠」
必死に言い訳してわたしの怒りの矛先を逸らそうとするラグ。でもね、部下の失態は上司の失態って言葉を知ってる、ラグ?
「じゃあ、だれ?」
取り敢えずラグとそいつは鉄拳制裁だ。わたしはお膳の下できつく拳を握りしめる。
「先代の魔王です」
なぬ? 先代、だと。じゃあどうしようもないじゃないか。わたしは握った拳を解いて脱力した。
「我も詳しくは知らぬのですが、先代の折に国境にあるダンジョンを踏破され、隠し部屋にあったダンジョンコアも奪われたのだとか」
「…………国境のダンジョン?」
おい。なんだその国境にあるダンジョンて。そんなものあるなんて聞いてないぞ。
「ええ。人間の国とこの魔の国とは、天衝く岩壁が遮っているのですが、そこを抜ける唯一の経路がこのダ「お莫迦!」ンジョンなのです」
ラグの言葉をぶった切る。そんなもんあるなら先に言えよ。そっちの方がよっぽど重要防衛拠点じゃないか。
「城の改装は後回し。まずは国境のダンジョンの防衛強化とコアの奪還を最優先」
そうして人間の侵攻を止めた後に今進入してきている人間を始末すれば鎖国完了だ。
「む? 魔王城の方よろしいので?」
「入り口を閉じないと無尽蔵に敵が入ってくる。そっちの方がよっぽど問題」
「ふむ。それもそうですな」
顎を掻きながらラグは言う。なんというか、この魔王様は本当に抜けている。普通気づくだろ、そんなこと。
「そもそもなんでコアを取り返さなかったの?」
そう、これも問題だ。奪われたのなら、奪い返せばいい。これ、世の常識。ましてやダンジョンコアなんて大事な物なら言わずもがな。
「それが、コアを奪った勇者はそれ国へ持ち帰り、魔族には決して開けられぬ箱にしまい込んでしまいましてな。こればかりは、いかに魔王であっても――いえ、魔王であればこそ、どうしようもありませんな」
なるほど、魔族じゃ開けられないんじゃどうしようもないか。なんせ魔王は魔族なのだから。そして魔の国に住む住人達ももれなく魔族だ。でもそれならせめて手元に置いておけよと言いたい。いくら魔族じゃ開けられないからって、それは人間達のところに置いておく理由にはならない。
む? 待てよ。魔族では開けられない。その理論なら――
「人間なら、開けられる?」
「そのはずですな。まあ我も伝え聞いただけで詳しくは知らぬので断言は出来かねますが」
……おい。
「なら、適当な人間を捕まえて開けさせればいい」
「――――!!」
愕然、呆然、目から鱗といった表情のラグ。だからなんでそんなことも思いつかないんだよお前や先代の魔王は。魔王ってのは間抜けの代名詞なのか? 取り敢えず、先代には不可能なので目の前にいるラグに言ってやった。
「お莫迦」
こうして、魔王城改造計画は早くも根本から見直されることとなった。