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「師匠! 一体! 我が! 居城の! 何が! いけないと! いうので! しょうか!?」
ええい煩い。いちいち文節ごとに区切るな。
「地下ですか!? 地下があるのがお気に召さないのですか!? 畏まりました。帰還次第直ちに取り壊しますお任せを」
「お莫迦」
「師匠ーーー!」
半泣きどころか本気で泣きの入るラグ。だってね、あんた。あれ魔王城でしょ? 魔王城ったら最終ダンジョンじゃないの。それなのに地下一階しかないとかどんだけ甘っちょろいのよ。これじゃあ敵が攻めてきたときどうやって籠城するのさ。は? 上階に立て籠もる? 莫迦じゃないの。火をつけられたら逃げられないじゃない。わたしは丸焼きになんてなりたくないよ。あれは食べるものだ。なるものじゃない。
その点、地下はいい。下にいくらでも増築できるし抜け穴だって造りたい放題だ。無限に続く階層。即死級の罠。侵入者を迎え撃つモンスター。セーフエリアに見せかけたモンスターハウスなんてのもいい。ああ、夢が膨らむ。
加えて水場と農場、牧場さえ完備できれば何年だって戦えるから籠城性もばっちり。え? 水場はとにかく地下で農場、牧場なんて無理? 日が射さない? そんなときの為の魔法でしょうが。出来るよね? 出来ないなんて言わせない。いいからやれ。
そんな感じでラグにつらつらと地下――というかダンジョンの有用性と可能性について説いて聞かせた。
「というわけでラグ。帰ってするのは地下を潰す作業じゃなくて増築の方。了解?」
「ははっ! 仰せのままに」
はじめは胡乱げにわたしの話を聞いていたラグも、ついにはダンジョンの素晴らしさを理解したようだ。嬉々として改造計画を練り上げている。
さて、ラグの教育も終わったし。わたしは改めてこれからの住処となる魔王城へと目を向ける。さっきとは違いだいぶ近くなったので、その全貌がよく見える。
「…………」
そこに在ったのは『城』だった。うん。『キャッスル』じゃなくて『城』。小高い丘の上に建てられた本丸はラグの云う通り五階建てで、最上段は天守閣になっている。天守閣の屋根を飾るのが鯱じゃなくてドラゴンだったのが唯一異世界っぽい。……ここまでこだわったんなら鯱にしとけよ。
そして本丸を守るように囲む二の丸と三の丸。要所に造られた物見櫓からは引っ切りなしに人が出入りし、三の丸のさらに外周を囲む石垣とその下を走る空堀。さらにはそれを越えようと群がる有象無象。向かい来る敵兵を阻止せんと無数に空いた縦長の矢狭間からは矢の雨が降りそそぎ――って、おい!
「攻城、真っ最中!」
思わずラグの胸ぐらを掴みがくがく揺さぶってしまう。
「ふむ。そのようですな」
落ち着き払って答えるラグ。お前の城だろうが!
「なあに、我が城はあの程度の攻撃では落ちませぬ」
ラグは自信たっぷりだがわたしは気が気ではない。あそこが落ちたらご飯が! 甘味が!
「…………レグナート」
当てにならない魔王に見切りをつけ、わたしはお供のドラゴンに呼びかける。
「ぐる?」
「ブレス」
眼下を指し号令を下す。
「ぐるがああああああああ!!」
了解、とばかりに一声啼き、レグナートはその口腔に赤光を蓄えた。
「し、師匠! 早まらんで下れ!」
ラグが慌てて何か言ってくるが、今更知ったことではない。わたしの甘味を付け狙う賊に死の制裁を。
「師匠! この位置関係では城を巻き込みます! お考え直しを!」
「…………あ」
危ない、その通りだ。甘味を守る為にその製造所を消し飛ばしたのでは本末転倒だ。
「やって、レグナート。……ただし、威嚇。城には絶対に当てないように」
レグナートに修正指示を出す。賢いドラゴンはその指示を忠実に守り、
「ぐるがああああああああ!!」
城に群がる有象無象の頭上に火炎を吐きかけた。
「うわああぁぁあああ! ドラゴンだ!」
「逃げろー!」
「ドラゴンが出たぞー!」
あっさり恐慌状態に陥る敵。対して城からは歓声が上がった。
「魔王様がお戻りになったぞー!」
「お待ちしておりました、魔王様ー!」
「魔王様万歳!!」
「魔王様!!」
「魔王様!!」
たちまち沸き起こる魔王コール。……ラグ、大人気。魔王のくせにどうやら部下に慕われているらしい。普通は恐怖支配じゃないの? それでいいのか、魔王。そんなわたしの葛藤をよそに、当人は沸き返る部下達に鷹揚に頷いて応えていた。
「聞け! 人間どもよ」
そして始まる魔王の演説。
「我こそは魔王、ラグ・アジ! この地を統べる魔の王なり! この首を獲らんと欲するならば、命を捨てる覚悟で挑んでくるがいい!」
ふはははは! と高笑い。ついでに両手から雷を落とす。うん、こういうところは魔王っぽい。
「――撤退! 撤退せよ! 勇者不在の今、魔王と直接相対するは愚策。撤退せよ!」
人間軍の後ろの方で悪趣味な感じに立派な鎧を着た男が叫ぶ。ってことはあれが大将か。勇者ならここにいますよ? ほら、魔王のすぐ前に。
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す人間軍。追撃をかけようとする魔王軍に「構わん、捨て置け」と一言指示を出し、ラグは悠然と本丸と二の丸の間にある空き地へと降り立ったのだった。ついさっきまで攻められていたのだが、この辺には戦禍の跡がない。どうやら敵は、三の丸を護る石垣さえ越えられなかったようだ。ラグの自信にも多少はうなずける。
「うむ。世話になったな、レグナート。有事の際には、またよろしく頼む」
「ありがと、レグナート」
わたしもレグナートにお礼を言い、角の付け根を掻いてやる。
「ぐるるああああああ!」
レグナートは大音声で一声啼くと、再び大空へと飛び立っていった。
「レグナート、どこ行くの?」
それを見送りながら、ふと気になったので聞いてみる。ドラゴンって普段何して暮らしてるんだろう。
「はて。大方飯でも食いに行ったのではないですかな?」
ラグの返事は曖昧だ。
「ラグも知らないの?」
「はい。されど奴と我は主従にして友。喚べば来てくれますし、我もまた、呼ばれれば行きまする」
「ラグの方が呼ばれることもあるんだ」
一方的にラグが喚ぶだけかと思ってた。
「ええ。もっとも、そんなことはこの六百年で一度しかありませなんだが。その時の用事は――そう、確か、ちっとも喚んでくれないからたまには会いに来い、でしたな」
豪快に笑うラグ。構ってくれないから会いに来いって、ドラゴンは寂しいと死ぬのか? あんな形してラビットハートなのか? ますますドラゴンに対する謎と興味が深まってしまった。