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勇者が再び暴れ始めた。
その知らせを聞かされたのは、またもやリリが一人勝ちする夜のトランプ大会の最中だった。
またしても切っていたカードを盛大に取り落としたわたしは、無言で立ち上がるとラグの頭をひっぱたいた。ちょっと強めにいったので、顔が見事に畳にめり込んでいる。
「師匠! いきなり何をなさるんですか!?」
顔を引っこ抜き抗議の声をあげるラグ。
「煩い、黙れお莫迦」
それを一刀両断する。そういう大事なことはもっと早く言えって前にも言ったでしょうに。それとも何か、その手の報告は遊びの席でって法律でもあるのか!?
ギロリと睨み付けてやると、ラグは無言で目を逸らした。どうやらようやく思い出したらしい。ともあれ、
「どうするの?」
某かの対策を打たなくてはいけない。それとも前回と同じで大丈夫か?
「それがですな、どうにもおかしいのです」
ラグが言うには、どうも勇者は凶暴化しているらしい。すでに二つの街と、三つの砦が落とされているのだとか。しかも犯行は単独でだ。
確かにおかしい。勇者の実力はラグにちょっと劣るくらいだったから、砦を落とすくらいならやろうと思えば不可能ではないだろう。でも、そうすると確実に消耗する。安全に回復出来る場の無い敵地において、それは愚策と言っていいだろう。現に前回勇者一行は、極力人目を避けて真っ直ぐ魔王城
ここ
を目指して進んで来た。
今回、それと正反対のことをしている理由は何だろう? 示威行為か? あれだけあっさりわたしにやられたのに? それとも今度は、確実に勝つ自信でもあるのだろうか? 勇者の行動の意図がさっぱり分からない。
「ひょっとしたら、我らを誘き出す為に挑発しているのやもしれません」
顎に手を当てラグが言う。
「ふむ」
前回、勇者は魔王城の前まで来ている。その威容を目に焼き付けたはずだ。攻略は厳しいと判断したのかもしれない。実際周囲を整備しトラップを仕込み、地下のダンジョンも順調に拡張を続けている。
結局それらの仕掛けはラグのお莫迦行為によって無に帰したわけだが、威嚇の役目は充分に果たしていたのかもしれない。
でも、結局は誘き出したところで勝てるのか? という疑問に行き着いてしまう。前の戦いから十日。たった十日で、何が変わるというのだろう。精○と時の部屋に類するものでもでも見つけたのだろうか? この世界ならありかねないというところがまた恐ろしい。
ともあれラグがどう動くかだ。一番安全な策は籠城して地下ダンジョンにて待ち構えることだ。うまくすれば途中のトラップに掛かって死んでくれるかもしれないし、それが無理でも相応の消耗が期待出来るだろう。
でも――。
肝心の魔王が、それを良しとしないんだよなあ。この甘っちょろい心優しい魔王様は、全ての泥を引っ被り、たった独りで矢面に立つ。指導者としては失格だ。悪癖と言ってもいい。でも、そんなラグだからこそ、兵士達にあそこまで慕われているのだろうし。悩ましいもんだ。
それに、わたしがどんなに忠告したって、結局はラグは独りで勇者の前に立つのだろう。短い付き合いだが、確信を持ってそう思う。それならいっそ、
「次に勇者が襲いそうな砦で待ち構える?」
下手に城で待ち構えてラグに先走られるよりは、そのほうが確実に二人がかりで迎え撃てるだろうし。少なくともラグ一人には任せられない。同じ轍を踏む可能性が高すぎる。
「その案は我も考えたのですが……」
顎に手をやり歯切れ悪くラグは続ける。
「勇者の現在位置から推測される次回の襲撃予想地点が、どうしても一つに絞りきれないのです」
これまでに襲撃された地点は五つ。それを襲われた順に結ぶと見事なまでにめちゃくちゃな線が引かれるそうだ。真っ直ぐ魔王城
ここ
を目指しているわけでもなく、かといって周辺の街や砦を根こそぎ襲っているわけでもなく、行きつ戻りつして、最後の目撃情報によると魔王城とはかけ離れた明後日の方向に進んで行ったらしい。
「そのようなわけでして、次に勇者が向かうであろう地点の推測は非常に困難なのです」
実際地図に勇者の軌跡を書いてもらうと、ラグの言うとおり見事にめちゃくちゃだった。地図で使う方位記号みたいな動きをしている。これでは確かに次の行動の予測など出来ないだろう。
「ここで待つしかないか」
でないと、城を空にしている間に落とされた、なんてことになりかねない。
「ええ、我もそう結論づけました」
重臣達との会議でとっくに結論は出ていたのだろう、隣でラグも頷いている。
しかしそうなると、いつ勇者が来もいいよう極力城にいてこいつ
魔王
が一人で突貫しないよう見張ってる必要があるな。これじゃあまるでお目付役だ。わたしの悠々自適な魔の国ライフはいつになったら訪れるのだろう? わたし、こっちに来てから働き詰めじゃない?
「勇者がこのまま進んだとすると、次に襲われそうなのはミロの街になりますね……」
わたしが将来について悲観していると、それまで黙ってラグとわたしの話を聞いていたリリが地図を見ながら呟いた。
確かに勇者が最後に向かったとされる方角の先にあるのはミロの街ただ一つだ。ただし、それは勇者が真っ直ぐ進んだらの話。これまでのように蛇行したり逆行したりしていたら、わたし達は来るはずのない勇者をいつまでも待ち惚けることになる。そんなこと、リリなら分かりそうなものだけど……。
「リリよ、確かに勇者が次に現れる可能性が最も高いのはミロの街だ。しかし、そうと断定するには勇者の行動に不可解な点が多すぎる。あまり分の良い賭けとは思えんな」
ラグも否定的なようだ。
「そう……ですね。申し訳ありません、出過ぎたことを申しました」
リリは素直に意見を下げたが、その視線は未だ地図に向けられたままだった。ひょっとしてリリの超頭脳では、わたし達にはさっぱり理解出来ない勇者の行動パターンが解明されていたりするのだろうか。この子なら本気でやりかねない。何しろリリだしね。
しかしリリはそれ以上意見を述べることなく、唐突に始まった勇者対策会議はお開きとなったのだった。




