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 勇者。お前にわたしの全てを奪う覚悟があるのなら、構わない、かかってこい。


 なあんて考えいつ再襲撃されてもいいように構えていたのも今は昔。勇者撃退から一週間もすれば、わたしはすっかりだれきってのんびりとした元の生活へと戻っていた。

 朝はリリに布団から叩き出され(比喩表現にあらず。テーブルクロス引きの要領で放り出される)、朝食を摂りまったりと食休みしているところをリリに尻を蹴っ飛ばされダンジョン開発に向かい(もう勇者追い払ったんだからいいじゃん)、戻ってきたらお勉強の時間(この世界の歴史とか経済とか興味ないって)。それが終わってだいたい四時過ぎにはリリに風呂に放り込まれてメイドさん達にあれやこれやと世話を焼かれ(お願い、身体くらい自分で洗わせて)、夕涼みしているところをリリに夕飯の席に引きずって行かれ(もうちょっと涼んでたい、夕飯にはまだ早くない? 等の意見は全て却下)、食後はその日の予定に沿ってリリに連行される(リリさんや、わたしは仔牛じゃないんだよ?)。

 ……あれ? こうして見るとわたしってリリがいないとダメな子? すっかりリリに依存しきってる? いやいや、そんなことは無い。さっきだって自室までドナドナされた後きっぱりと言ってやったのだ。

「リリ、わたしはもう寝るからリリも休んでいいよ」

 うん、わたしってば主らしい。ちゃんと有能な部下を気遣ってあげられる優しい上司なのだ。

「分かりました。では寝る前にこれを読んでおいて下さい」

 自画自賛するわたしに渡されたのは一冊の調査報告書。内容は「勇者一行の行方(ゆくえ)について」だ。

 魔王城から追い払ったとはいえ、勇者達がまだ国内のどこかをうろついているという状況は正直言ってありがたくない。いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃないし、野盗化した勇者に村や町が襲われる可能性だってある。

 まあそんなことはラグも百も承知のようで、抜かりなく勇者の行方を捜索させていた。その報告書がこれ。わたしも興味があったので、何らかの情報が入ったら教えて欲しいとお願いしておいたら、リリを通じてよこしてきたのだ。とはいえ、

「結果だけ教えてもらえればそれでいいんだけど」

 この報告書、結構な厚さがあるよ? 寝る前の軽い読書にはふさわしく無いと思うんだけどいかが?

 そう言ったわたしに、リリはとてもいい笑顔で答えた。

「籐花様もそろそろこの手の報告書に慣れてもいい時期かと。幸いこれは読みやすく、そう量もありませんから是非ご一読下さい」

 いやいや、慣れろって言われてもねえ。慣れてどうすんのさ? いずれは書類仕事でもやれと?

「是非ご一読下さい」

 表情から不満を読み取ったのか、念を押すようにリリは繰り返す。

 しかしそれは、笑顔で人を脅せる女、リリさん(8歳)からのお願いという名の厳命だった。

「イエスっ、マム!」

 それ以外に返事などあろか。いや、無い。わたしは別にこんなもの読み慣れる気は無いとか、勇者が見つかったか否かが分かればそれでいいんだとか、そんなことはとても言えない。にっこり笑った顔の中で、目だけが射殺すようにこちらを睨んでいた。

 結局わたしは徹夜で報告書を読んだ。

 勇者の逃げ去った方角にある村や町の住人達の証言や、それから推測される逃走経路、魔王との対決時に目撃された姿からの予測される携帯食料の所持量、そこから導き出される限界行動日数および襲撃の可能性のある集落一覧、警備の為に必要な人員やその際予測される諸経費の額、etc. etc.……

 微に入り細を穿つその報告書は、大半がわたしにはまったく興味の無い、と言うより聞いてもどうしようも無い内容で埋め尽くされていた。そういう話はラグとやれよという文句を心の中でたれ流しつつ、どうにかこうにか最後まで読み終わった頃にはとっくに夜が明けていた、という訳だ。おまけに最後に書かれた結論は「勇者未ダ発見出来ズ」。

「そういうことは一番初めに書いとけよっ!」

 わたしが報告書を床に叩き付けたのは言うまでもない。


 ほうら、わたしはちっともリリに依存なんてしていない。……いないったらいないのだ!



 そんなこんなで勇者撃退から一週間が過ぎていた。

 もう一度言おう。一週間が過ぎたのだ。

 にもかかわらず、相変わらず城内外の馬鹿騒ぎは続いていた。

 いやいや、あんたらいつまで宴会してんの? もう一週間も経ってるんだからいい加減通常業務に戻りなさいよ。

 そんなわたしの提言も何のその。

「良いではありませんか。せっかくの祭りです、師匠も存分に楽しまれては?」

 肝心の魔王(最高指導者)は酒瓶片手に率先して盛り上がっていた。

 まあそれでもこいつはきちんと業務をこなし、側近や兵士達にはローテーションを組ませて三日に一日は休みをやって祭りに参加する時間を作ってやってるっていうんだから大したものだ。なにこの超優良ホワイト企業。わたしも入社したい。

 毎日定時にたたき起こされ真っ暗なダンジョン(まあ真っ暗設定したのはわたしだけど)にたたき込まれるわたしって、実は魔の国一の働き者だったのだ。

 ……転職したいです。切に。このままじゃ過労死しちゃう。でもそんなこと言ったらリリ社長に折檻されそうなのでとても口に出せない。

 片や社員に気を遣い、頻繁に休みを与える仏社長。片や社員をこき使い、まだ足りないと尻を蹴り飛ばす鬼畜社長。どうやらわたしは、就職先を間違ったらしい。どうしてこうなった。


 そんなリリだが、最近はわたしと別行動することもある。

「私は私で色々と忙しいんです。籐花様も子供じゃないんですからダンジョン開発くらいお一人でも出来るでしょう?」

 とはリリの弁。まあ正確にはコアもいるし送り迎えはレグナートにやってもらうから完全に独りきりではないんだけどさ。

 でもあなた、わたしのお付きのメイドさんじゃなかったけ? メイド頭に用事でも言いつかったの?

「それにほら、許可ならいただきましたよ」

 そう言ってリリが示した一枚の書類の末尾には、わたしの名前が書かれていた。そういえば前に、「これに署名をいただけますか?」と言ってリリが持ってきた紙に名前を書いた気がする。複雑で遠回しなうえに難解な表現に嫌気がさして、冒頭数行だけ読んであとは言われるままに署名したんだけど、あれって外出許可証だったんだ。なんて策士。リリはやっぱり恐ろしい子だ。

「それでは籐花様、行ってらっしゃいませ」


 慇懃無礼に頭を下げるリリに見送られ、わたしは今日もダンジョン(お仕事)へ向かうのだった。


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