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周囲に違和感を覚えたのは、いつ頃からだったか。小学校低学年――遅くとも中学年にはもう感じていたと思う。
(何故この子達は、たかだか四五十分程度の時間黙って座っていることが出来ないのだろう?)
それが、始まり。些細な決まりさえ守れず、時間にも約束事にもルーズでいい加減。小学生なんてこんなものだと悟ったのは、中学に入ってそれなりに新聞やらニュースやらに興味を持ち始めてからのことだ。ついでに言うなら、うちの親の教育というのは、どうもよそ様と比べるとそこそこ以上に厳しかったようで、その影響もあったのだろう。
ともあれ、当時小学生だったわたしには彼等のことがまったく理解出来なかった。故に、その言葉は至極当然にわたしの口から零れ出した。
「煩い! 授業中くらい黙ってて!」
どうなったかなんて、語るまでもないだろう。クラスメイトはわたしに冷笑を向け、付いた渾名がゆーとーせー。次点でいー子ちゃん。第三位はいーんちょー、だったかな? 発音からして馬鹿丸出しだ。
わたしはクラスから腫れ物扱いされるようになり、とある事件が切っ掛けでそれは決定的な物となった。その事件というのが実に下らない。よくある陰口というやつだ。友人だと思っていた子達のそれを、わたしはある日の放課後聞いてしまった。聞かなかったことにしてさっさと立ち去る、という大人の対応を知らなかった当時のわたしは、面と向かって言ってしまったのだ。
「言いたいことがあるなら直接言ったらどうなの?」
あっさり泣きだした元友人AとB。それを忘れ物かなんかで戻ってきた別のクラスメイトにバッチリ目撃され、翌日にはゆーとーせーが二人を泣かしていたという、事実だが重要な過程のすっ飛んだ話が蔓延し、めでたくわたしは村八分となった。
この二人の他にもけっこう親しい友人と思っていた人物はいたが、その一件以降わたしから離れていった。
わたしには理解出来なかった。わたしは何か、間違ったことをしたのだろうか? 白を白と、黒を黒と言っただけで、何故こんな目に遭うのだろうか?
まるで理解出来ないし、したくもない。でも、理解出来ないなりに、結論を出した。
薄汚い、と。
中学に入ってもそれは変わらなかった。相変わらず、薄汚い連中が多い。そして、そういう奴等に限って教師のお気に入りであったりクラス内にて上層に位置していたりするのだ。世の中、屑であればあるほど偉いらしい。ああ、気持ち悪い。吐きそうだ。
こうしてわたしは心を閉ざし、そういった馬鹿とは極力関わらないよう努力した。
それでもわたしは信じていた。頑張っていれば、真面目にやっていれば、いつかきっと報われる。屑どもはいつか痛い目を見る、と。今考えると青臭い限りだが、けっこう真剣にそう信じていたのだ。
それが幻想だと思い知らされたのは、高校に入ってバイトを始めてから。高校生の出来るバイトなんてたかがしれているが、それでもわたしは頑張った。自分で言うのもなんだが、そこそこ信頼され、評価されていたと思う。自惚れを込みで言わせてもらえば、現場仕事に限れば同時期に入社した社員よりよほど業務に精通していたはずだ。
でも、屑なんてのはどこにでもいるもので。そのバイト先でも、やっぱり屑は生息していた。仕事をしない、覚えない。きつい作業からは逃げ回り、楽なことばかりしている。しかもそれすら途中で放り出す。十年近く働いているにもかかわらず、始めて数ヶ月のわたしにすら作業スピードに劣り、知識量に劣り、しかもそれを恥じもしない。へらへらと薄汚い笑みを浮かべて言い訳を並べる彼等に、それでも真面目に仕事をするよう諭しもした。上役に相談したこともあった。
全て無駄だった。何ひとつ変わりはしなかった。だからわたしは嫌悪した。蔑んだ。それを隠そうともしなかった。
そうしたら上役に呼び出されて言われた。もう少し気を遣え、と。莫迦げている。あり得ない。理解出来ない。何故好き勝手さぼっている恥知らずが擁護され、真面目に働いていたわたしが注意を受けるのだろう。落胆した。絶望した。そして悟った。真面目にやるだけ、無駄なのだと。やればやるだけ、損をして莫迦を見るだけなのだと。屑と呼んでやることさえおこがましいゴミどもが好き勝手にため込んだ付けの支払いを、一方的に押しつけられるだけなのだと。
信じていた。頑張っていれば、真面目にやっていれば、いつかきっと報われるのだと。でもそれは、ただの幻想に過ぎなかった。現実を知らないガキの甘っちょろい青臭い理想にすぎなかった。
だからわたしは、信じなくなった。夢を見るのを諦めた。人間に期待するのをやめた。全ては、無駄だから。
「…………」
目が覚めた。嫌な気分だ。身体は怠く、何もやる気がしない。
最近楽しいことばかりで忘れていたが、過去は不意打ちのようにわたしを襲う。原因は言うまでもなく昨日の問答のせいだろう。
元の世界に戻りたくないのかだって? 冗談じゃない。何が楽しくてあんな薄汚い屑どもが大手を振って闊歩する世界に戻らなきゃいけないんだ。それに、わたしを待っている人達はもういない。本当に帰りたかった居場所は、もうずいぶんと昔になくなってそれっきりだ。
一方、ここの魔族達は皆、実直に生きている。日々真面目に生活し、己の仕事を誠実にこなしている。わたしの目の届く範囲にたまたまそういう魔族しかいないだけなのかもしれないけれど、たとえそれが奇跡なのだとしても、それでも元の世界よりよっぽどましだと、わたしは胸を張って言うことが出来る。ここが、魔の国こそがわたしの新しい居場所なんだと、力一杯宣言出来る。
だから、勇者。もしあんたがまだ魔王を狙うというのなら、わたしは全力でそれを阻止する。同胞だろうが英雄だろうが関係ない。わたしは、わたしの為にあんたを殺す。わたしの居場所は、わたしが護る。
勇者。お前にわたしの全てを奪う覚悟があるのなら、構わない、かかってこい。




