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 無理! 無理無理無理!!

 なんだよあれ! なんなんだよ!?

 魔女――魔神? の前から命がらがら逃げ出した俺は、そのまま一昼夜走り続けてなんとか安全と思える所まで戻ってきていた。いつあの魔女が背後から襲いかかってくるか……それを考えるととてもじゃないけど止まってなんかいられなかったのだ。

 今でも耳にこびりつくあの邪悪な嗤い声。背筋が凍るような表情。勇者の俺が全く太刀打ち出来ないほどの強大な(馬鹿げた)力。

 あれが俺と同じ世界の人間で元勇者? 冗談も大概にしろってんだ。笑えねえよ。あんな化けもん現代日本にいるわけねえだろ! あんなもん喚び出して勇者やらせようとしたとかこの世界の奴等頭おかしいんじゃねえの! ってか俺に後始末させようとするじゃねえよくそったれ!

 ひとしきり悪態を吐いてなんとか気を落ち着け、俺はようやく少しは冷静に物事を考えられるようになった。

 このまま王城に戻るのは不味い。あれだけ大見得切って出てきたんだ。魔王を斃すどころか、部下の魔女に半殺しにされて逃げてきました、なんて口が裂けても言えねえ。いい笑い物じゃねえか。

 じゃあどうするか。簡単だ、魔女も魔王もぶっ殺せばいい。その上で、堂々と城に帰ればいいんだ。

「……くそっ。それが出来れば苦労しねえよ!」

 八つ当たり気味に地面を蹴りつける。

 大体なんだあれ! 魔王とはいい勝負が出来たんだ。むしろ俺の方が優勢だった。あのまま一対一なら俺の勝ちだった。それは確実だ。

 なのに。あの魔女が全てを台無しにした。

 魔女――浅井藤花。

 あいつが出てきて、全てが狂った。状況が一変した。

 こっちの攻撃は一切効かず、放った魔法を投げ返すなんて非常識なことして、ついでといわんばかりに俺の剣までへし折りやがった。伝説の聖剣じゃなかったのかよ、あれ。

 そもそもどうしてだ? 異世界に来た時得られる力は大体同じだとあのじじいは言っていた。だったら、あの女と俺の間にここまで力の差があるのはおかしいじゃねえか。ありゃ明らかに誤差とか個人差とかの範疇超えてるぞ。

 怒りがふつふつと湧き上がる。許せねえ。許さねえ。なんとしてでもぶっ殺してやる。

 だから、まずは落ち着け。落ち着いて怒れ。俺はいつだってそうやって、物事を上手くこなしてきたはずだ。今回だって大丈夫。最後には必ず上手くいく。だから落ち着け。そして考えろ。あのくそったれの殺し方を。

 魔王が一人の時を狙うか? ――いや、ダメだ。魔王と俺はほぼ互角。やや俺のほうが有利だったとはいえ、瞬殺出来ない以上騒ぎを聞きつけたら遠からず魔女は出張ってくるだろう。そうなったらアウトだ。

 じゃあ魔女の方を先に暗殺でもするか? ――それも無理だ。ヤツの城内での居場所が分からねえ。よしんば城内に潜り込めたとして、運良く見つける確率より、こっちが逆に見つかる可能性の方が遙かに高い。そんな危ない橋は渡れない。第一暗殺の技術なんて俺は持ってない。

 じゃあどうするよ。……どうしようもねえ。くそっ! やっぱり八方塞がりじゃねえか。苛立ちを込めて手近の岩を殴りつける。大岩は派手に砕け散ったが、そんなんじゃ俺の気はちっとも晴れなかった。



 ***


 まったく、とんだ期待外れだ。

 未だ馬鹿騒ぎの続く城内を歩きながら、私は小さく溜息をこぼした。初めに喚び出された勇者は息をするように裏切り、次の勇者は意気軒昂なれど口先だけの負け犬とは。敵の首魁を目の前にしながら逃げ帰るなんて、呆れてものも言えない。

 まあ、相対したのがあの化け物だから、多少は同情の余地があるかもしれないが。

(しかし、どうしたものでしょうか……)

 偶然とはいえ魔王城内部にまで潜り込めたというのに、肝心の勇者があれでは話にならない。しかも見たところ勇者一行は脳筋(馬鹿)と英雄願望のガキの集まりだったので、こちらで対策を練りうまく誘導してやらねば使い物にならないだろう。魔王は人間に激甘だ。だから、そこを突けば打倒は容易いだろう。むしろ問題は、あの魔女のほうだ。魔王などよりよほど積極的に人間を滅ぼしたがっているし、少々――いや、かなり性格がずぼらだという点を除けば付け入れられそうな隙も見当たらない。

(とはいえ、全ては逃げ出した勇者にまだ魔王討伐の意思があればの話ですが……)

 こうなってくると、非力な我が身が悩ましい。軍隊にでも志願すべきだったか。

 ――いや、今更私が多少鍛えたところで、魔女はおろか、魔王にすら届かないだろう。やはり、現状では頼りないとはいえあの勇者一行に期待するほかないだろう。しかし……。

 逃げ去り際の、捨て台詞すら一刀両断された情けない表情が思い起こされる。

(前途多難ですね……)

 私は再び小さく溜息を吐き、表向きの業務を成すべく歩を進めた。


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