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「ふはははは! 驚いたか! ジグラートのブレスは山をも溶かす! 人間の小娘ごときでは骨も残るまい!」

 半壊した城内に魔王の高笑いが響く。

「うん、びっくりした」

「ふはははは! そうであろう、そうであろう! ふはーっはっは…………は?」

 わたしの返答に馬鹿笑いを途中で疑問系に変える魔王。いや、本気でびっくりした。魔王の言葉は誇大広告としても、ジグラートの吐いたブレスは城の三分の二ほどを消し飛ばしていた。

「……なんで、生きてるの?」

 おい魔王。さっきまでの尊大な口調はどうした?

「なんでだろう?」

 考えられる可能性は一つだ。どうやらわたしに宿った常人には及びもつかない力とやらは、馬鹿力だけではなかったらしい。見よ、この頑丈な身体を! 髪の毛一筋どころか服すら燃えていないではないか!

「…………」

 あれ? なんだか哀しくなってきた。せっかくの異世界で得たものが馬鹿力と頑丈。これなんの罰ゲーム?

「っく、ジグラート! 本気でやれ!」

 わたしの悲嘆をよそに叫ぶ魔王。

「るぐぎゃおおおおおおおおーーー!」

 応えたドラゴンの口腔に再び赤光が輝く。

「えい」

 八つ当たりも兼ねてその横っ面をひっぱたく。


 ぱぁん!


 水風船が割れたような音が辺りに響き。ドラゴンの首から先がなくなっていた。辺りに広がる赤いペンキ。誰だ汚したのは。

「…………」

 はいわたしです、ごめんなさい。

「ジグラーーーーートっ!!」

 一拍遅れて状況を理解した魔王の悲痛な叫びが響き渡る。

「えっと……ごめん?」

 崩れ落ちるジグラートの亡骸と魔王。可哀想なことをした。

「く……くははははは! 見たか魔王、これが勇者の力だ!」

 と、ここで今まで腰を抜かしていた愚王が参戦。ただし口だけ。ったくこいつは!

「いけ、勇者藤花よ! 人類の天敵、魔王を滅ぼすのだ!!」

「…………」

 何言ってんのこいつ。すっかり調子に乗っている愚王を、わたしは冷ややかな目で見据えた。

「自分でやれって、何度も言ったでしょ」

 そんなんだから国が滅びかけるんだ。率先して動かないやつに人は着いてこない。もし仮にいたとしても、それは面従腹背だ。

「え?」

「え?」

 愚王と魔王が同時にきょとんとしている。何か言葉が足りなかったのだろうか?

「藤花殿……」

 おじいちゃんの疲れ果てた、どこか諦めにも似た呟き。

「だから、やりたいなら自分でやって」

 仕方ないので言葉を足す。それでも呆然としている無知蒙昧な愚王はもう知らん。

「魔王」

「……む、何だ」

「ドラゴン――ジグラートのこと、ごめんなさい」

 頭を下げる。

「殺すつもりは、なかった」

 ちょっと八つ当たりと相まって力加減を間違えただけだ。

「むう…致し方あるまい。これも戦場の倣い。それにこちらもお前を殺そうとしたのだ。許せ」

「じゃあ、仲直りの握手」

 手を差し出す。

「うむ」

 魔王はその手を、しっかりと握る。

「じゃあ、そういうことだから」

「む?」

 困惑している魔王。どうやら、また言葉が足りなかったらしい。人間嫌いの弊害だろうか。もう少し他人と話したほうがいいのかもしれない。面倒だし煩わしいからやらないけど。

「わたしは邪魔しない。この国を滅ぼしたいならお好きにどうぞ」

「……いいのか? お前は勇者なのだろう?」

 疑わしげに問う。違うって。周りが勝手にそう言ってるだけで、そんないかがわしいものに転職した覚えはない。わたしの職業は昔は中学生で今は高校生、次の予定は大学生だ。間違っても勇者なんかじゃない。

「いい。元々そういうことで話はついていた」

「待て! そんな結論には至っておらんぞ!」

 愚王が慌てて口を挟んでくる。

「黙れ愚王」

 わたしはそれをぴしゃりと撥ね除けた。

「いや待て、早まるな!」

「煩い」

「魔王を斃せば褒美を取らせるぞ?」

「…………」

「恩賞は思いのままぞ?」

 今更懐柔か。揉み手をやめろ、気持ち悪い。

「愚王は言った」

「ん?」

「『この小娘が勇者なのか?』」

「!」

 あまりにしつこいので、痴呆症の愚王の為に話し合いの経過をダイジェストで思い出させてやる。

「『無礼な小娘め』」

「むぬ」

「『引っ捕らえろ』」

「ぐぬ!」

 それに連れてだんだん愚王の顔が蒼くなっていく。

「『縛り上げろ』」

「げふ!」

「『打ち首』」

「ぎゃふん!」

 とうとう愚王は音を上げた。

「じゃ、そういうことだから」

 愚王が黙ったので改めて魔王にそう告げる。

「うむ。なにやらよく分からんが、浅井藤花は参戦しないのだな?」

「うん」

 誰がこんな不毛な争いに参加するものか。殺し合いたいなら勝手にしろ、わたしを誘うな巻き込むな。目差せ一億総無関心だ。人類皆無関心こそが究極の平和への第一歩。誰もが周りに関心を持たなければ、争いが起きる道理もない。これぞ究極の完全平和。協調? 共栄? くそ食らえだ。いつまでも幻想を抱いてるんじゃない。無理に決まってんだろう。

「そうか」

 納得する魔王。バサリとマントを翻し愚王に向き直る。

「ふはははは! 人の王よ、覚悟はよいか!」

「くっ、やれ! ナイダ・アイガよ! 魔王を滅ぼすのだ!」

 口角泡を飛ばす愚王。この期に及んでまだ人頼みか。

「心得ました」

 悲愴な表情で進み出るおじいちゃん。やめときなよ勝てないから。

「……いざ」

 構えるおじいちゃん。――ああ、もう!

「……魔王」

 わたしは魔王に呼びかける。

「なんだ、浅井藤花よ」

「出来ればあのおじいちゃんは殺さないでほしい」

 わたしをこの世界に呼び出した張本人だけど、一応一番世話にもなった人だ。目の前で死なれたら目覚めが悪い。むう、そんなことを考えてしまう辺り、わたしもまだまだ甘っちょろい。これが(しがら)みか。

「よかろう。浅井藤花たっての頼みだ、受け入れようではないか」

 鷹揚に頷く魔王。意外といいやつだ。

「ありがと」

「藤花殿、儂よりも陛下のお命を嘆願下され!」

 おじいちゃん、あんな愚王のどこにそこまで尽くす価値があるの? わたしにはさっぱり分からない。

「やだ」

 だから簡潔に答える。あんな愚王心底どうだっていい。

「では、参るとするか」

「え? 魔王が戦うの?」

 ゆるりと歩き出した魔王にわたしは驚いて問いかける。てっきり部下AとかBとかCと、そういった類いの下っ端が出てくるものだとばっかり思ってた。或いは四天王? 的な誰かとか。

「む? そうだが。ジグラートはおぬしに斃されてしまったしな」

「それは…ごめんなさい」

「よい、済んだ話ではないか」

 あっさり流す魔王。ほんといいやつ。

「うん。他の部下は?」

 が、続く言葉に絶句した。

「魔の国においてきたが?」

「一人も残らず?」

「そうだ」

 嘆息が漏れた。

「莫迦なの?」

「ぬ、浅井藤花よ。またしても我を莫迦と呼ばうか!」

 気色ばむ魔王。でも、

「莫迦なものは莫迦。お莫迦」

 結論はどうしてもこうなる。あ、待てよ。

「ひょっとして魔王、人望ない?」

 あ。青筋が立った。怒らせちゃったみたいだ。

「浅井藤花よ。これは自慢だが、我は国元に三十七人の妻と百を超える子供、五百に届こうかという孫がおる。加えて数十万に及ぶ兵と総計一千万を超える同胞どもが我の凱旋を心待ちにしておるわ」

 だったら何故その十分の一でもいいから連れてこない。

「戦争なめてるの?」

 今度は顔を引きつらせる魔王。忙しいやつだ。

「ぐぬぬ…ならば聞こうではないか、お主の戦論を!」

 そこまで言うなら仕方がない。語ろうではないか、わたしの戦論を。――受け売りだけどね。

「戦争で最後にものをいうのは何?」

 もっとも、そんなことはおくびにも出さずに魔王に問う。はったりって大事だと思う。

「我の誇る圧倒的力に決まっておろう!」

 言い切りおったわ、この魔王。

「脳筋」

「ぬう。ではなんだというのだ!」

「数」

「ぬ?」

「最後に勝つのは、数の暴力」

「何を言う! 人間如きの百や二百、我の敵ではないわ!」

「納得できない?」

「うむ。当然だ」

「じゃあそれが千や二千なら?」

「それぐらいなら造作もない」

「じゃあ万は?」

「まだいける」

「十万」

「まだまだあ!」

「百万」

「もう一声!」

 論点がずれてるぞ、魔王。面倒なので一気にレートを引き上げる。

「一億」

「……ぐっ」

 そして言葉に詰まる魔王。

「ここへはどうやって来たの?」

 さらに畳み掛ける。

「ジグラートに乗って飛んで来たに決まっておる」

「どうして?」

「いくらでも群がってくる有象無象が煩わしかったからに決まっておろう!」

 胸を張って応える魔王。お莫迦。

「つまり数の前に屈した」

「だが、現にこうして敵の王城にまで攻め込み、王の首まであと一歩ではないか!」

 必死に抗弁する魔王に、わたしは哀れみの目を向ける。

「それは結果論。よかったね、空を飛べる人間の兵士が一億いなくて」

「っ! つまり、人間の兵が一億いたら、我は負けていたのか」

 はっとした表情でわたしを見る。

「そういうこと」

 突きつけられた現実に愕然とする魔王。がっくりと崩れ落ち涙目になっている。あんた魔王でしょうが。かたが高校生に泣かされてんじゃないわよ。でもまあ、ちょっと虐めすぎたかもしれない。少しだけなら反省しないでもない。ここらで一つ、現実に引き戻してあげよう。

「結局は仮定の話。現実のあなたは王手の状態」

「――っ!!」

 目から鱗が落ちたような顔をする魔王。おい、本気で気付いてなかったのか。目の前にあるのは大将首だろうが。

「やっぱり魔王はお莫迦の子」

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