38
「なるほどなあ。人間裏切って魔王の側に付いたって聞いたけど、本当だったのか」
勇者くんは――えっと、八原颯太だっけ?――値踏みするようにわたしを見る。
「ふうん……なあ、お前俺と一緒に来いよ」
そしてさらりと爆弾発言。気は確かか、勇者くんよ?
「は? 嫌に決まってるでしょ」
突然何を言い出すんだ、こいつは。
「何だよ、つれないな。――もしかして人間を裏切ったこと気にしてんのか? 安心しろよ、そんなの俺がなんとかしてやるからさ。なあに、魔王に誑かされてたんだって俺が言えば万事解決だ。何しろ俺は勇者だからな」
ふんぞり返って見当違いなことを抜かす勇者くんに心底呆れかえる。わたしがそんな殊勝な人間に見えるのか。だとしたら相当目玉が腐ってる。
「はあ。お莫迦」
「心配するなって。昔から言うだろ、愛があれば平気だって」
「お金の間違えでしょ」
「即物的なやつだな」
「そういうあなたはロマンチスト」
愛なんて一文の足しにもならない。愛じゃ腹は膨れんのだよ。大体なんだ、愛って。そんなもんいつ芽生えた。見せてみろ、引っこ抜いてやるから。
「ロマンチストじゃねえ。勇者にして英雄にして次期国王にしてスーパーヒーローだ」
わあお。盛りすぎだろう。全部乗せのラーメンかお前は。なんだかまともに相手をするのが面倒になってきた。
「莫迦なの?」
「あ? 偉い人も言ってんだろ。心に愛があればスーパーヒーローだって」
「…………」
やっぱり莫迦だこいつは。そもそもわたしは愛なんて持っていない。そんなものはとっくの昔に品切れで、再入荷の予定もない。というより、わたしの愛は両親と共に死んだのだ。
「だいたい、元の世界に戻りたくないのか? 魔王を斃せば戻れるんだぞ!」
手応えのなさを感じたのか、攻め口を変えてくる勇者くん。元の世界、か。そういえば、魔の国に来てからこっち、一度も帰りたいとは思わなかったなあ。我ながら見事なまでの薄情っぷりだ。ま、それだけあっちの世界に未練がないってことだろう。或いは興味かな?
「くそっ! こんだけ言ってやってんのに分からねえのかよ」
答えないわたしに焦れたのか、勇者くんの語気が荒くなる。わたしはわたしでこの不毛な会話に嫌気が差してるから大差ないか。
「黙れお莫迦」
端的に返事を告げてやる。
「もういい。ならもう容赦しねえ。魔王もろともぶっ殺してやる!」
こうして話し合いは物別れに終わった。まあ当たり前だね。人間ってのは話し合いではなにも解決出来ない生き物なのだ。だからこそ別の手段が使われるわけで。
勇者くんが腰に佩いた剣に手をかける。ごてごてと飾りのついた、立派な鞘拵えの剣だ。どうせどこぞの聖剣とか伝説の剣とかなんだろうなあ、あれ……。
「いくぞ魔女! 光の聖剣、なんちゃってカリバーの錆にしてやる!!」
「…………」
うん、聖剣は聖剣でも物凄いパチもん臭漂う聖剣だった。どこで手に入れたんだか知らないけど、絶対騙されてるぞ、勇者くん。
なんの捻りもなく真っ直ぐに振り下ろされた聖剣とやらを鷲掴みにする。
わたしの超視力は、同じく異世界出身の勇者くん相手でも健在だった。だったらやることは決まってる。
「えいっ」
掴んだ聖剣? とやらをへし折ってやった。さらば、なんちゃってカリバー。こんなに簡単に折れるんだからやっぱりパチもんだよね。
「な、な、な……」
勇者くんが馬鹿面晒して惚けているけどいい気味だ。棒立ちしているその隙に、手にした剣をフルスイング。
「ぐおおおぉぉぉぉぉぉ!」
耳障りな悲鳴を上げて飛んで行く勇者くん。安心して、峰打ちだから。
「やりましたな、師匠!」
背後で見ていたラグが歓喜の声を上げる。はあ、ラグよ。
「お莫迦」
「なぜですか師匠!?」
「それはNGワード」
分かってないようだから教えとくけど、今あんたが口にしたの復活の呪文だからね。
案の定勇者くんが起き上がる。少しばかりよろよろしてるけど、まだまだ意気軒昂のようだ。
「くそっ、魔女め。怪しげな術を使いやがって……」
唾と共に吐き捨てる。どうやら、剣を折られたのはわたしがなにがしかの術を使ったから、ということにしたらしい。でも残念、わたしが使ったのは100%物理攻撃だ。なぜならわたしは――目から謎の液体が零れてきたのでこの先は止めておくことにした。勇者め、トラウマを抉るなんてなんて非道な攻撃をするんだ。
「なら今度は魔法だ! くらえっ! 勇者のみが使える光魔法〈シャイニングボーーール〉!!」
わたしが必死に目から零れる液体を処理している間に、勇者くんは次の行動に移っていたようだ。
絶叫と同時、宣言通りに野球ボールくらいの光の球が、超視力を発動しているわたしから見ても結構な速さで飛んでくる。
「わっ!?」
反射的に顔の前に手をやると、上手い具合にそこに光の球が収まった。おお! わたし、ナイスキャッチ!
さて、借りた物は返さないとね。人道に基づき光の球を勇者くんに投げ返す。――ただし当社比三倍くらいのスピードで。
玉はあっという間に勇者くんの元へと戻っていき、着弾、爆発した。盛大に火柱――いや、光柱か――が上がり、ど派手な閃光がまき散らかされた。
「…………」
なんてもん投げてよこすんだよ、まったくもう。相手がわたしじゃなかったら死んでたぞ、きっと。
程なくして閃光は収まり、爆心地にはぼろぼろになった勇者くんが煙を纏いながら寂しげに佇んでいた。あの爆発でも無事なんて、さすが勇者、魔王に匹敵する頑丈さだね。
「…………」
「…………」
勇者くんとわたしの視線が交差する。先に逸らしたのは――勇者くんの方。彼はぷるぷると震える腕をなんとか持ち上げわたしを指さすと、
「き、今日の所はこの辺で勘弁してやるよ。覚えて「やだ」
お決まりの捨て台詞を吐いたので途中でぶった切ってやった。すると勇者くんはなんとも情けない表情を浮かべ、恨みがましい目でこちらを睨んだ。
「しっしっ」
そんなことには一切斟酌せずに、犬でも追い払うかのように手を振ってやる。勇者くんは悔しそうに唇を噛み締めるも、結局はくるりと踵を返し、脱兎のごとく逃げ出していった。負け犬なのに脱兎。この場合「脱犬」と表すのが正解じゃなかろうか? うーん、日本語は奥深い……。
――ま、いっか。
「ラグ、塩持ってきて」
深みに嵌まると抜け出せなくなりそうな思考をうっちゃり、わたしはのんびりと傍らのラグに話しかけたのだった。




