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「大変です、藤花様!!」
普段は歳に見合わぬほど落ち着いていて、取り乱した姿など見せたこともないリリが泡を食ってわたしの部屋に駆け込んできたのは、「勇者現る」の報から一月が経過した頃だった。
ラグの見立てに従い、万一に備えて三週間くらい前から城に待機していたわたしだが、一向に現れない勇者一行と日々続く穏やかな日々とで緩みきっていた。今も自室でまったりと三時のおやつを楽しんでいた所にこの急襲だ。お菓子を喉に詰まらせ盛大に咽せこんでしまった。
「ど、どうしたの、リリ。そんなに慌てて」
普段なら一応わたしを気遣ってくれる(振りをする)リリも、今日はその余裕もないみたい。過去に例を見ないほど慌てたリリは盛大に捲し立てる。
「勇者です、勇者が出ました!」
なにさ、そんなGが出たみたいな言い方して――って、勇者か。うん、どっちも害虫って意味じゃあ似たようなもんだね。や、一緒にしたらGに失礼か?
「ふうん、ようやく来たんだ」
ラグの予想より半月も遅い。ずいぶんのんびりしてたもんだ。物見遊山でもしてたのかな。
「そんなに落ち着いている場合ですかっ!」
「ごめんなさい」
怒られた。そして反射的に謝ってしまうわたしはもう一生リリには勝てないと思う。……どうしてこうなった。
「とにかく! 今魔王様が応戦していますが、正直――危ないです」
ん? ラグが応戦? なんで? もう城壁突破されたの? 三の丸や二の丸は?
慌てて戦況を問い質すと、なんとラグのやつ単身打って出て勇者と一騎打ちをかましているらしい。
「……あのお莫迦は…………」
なんの為にダンジョンを整備したと思ってるんだ。せっかく嵌め殺す準備を整えたのに、自らそれをふいにするなんて。何が楽しくて進んで地の利を捨てるんだあいつは。しかもそれでピンチだと。
「藤花様、早く救援を」
「むぅ……」
「唸っている場合ではありません!」
仕方がない。どのみちラグが斃されればこの国は終わりなのだ。そうすると必然的にわたしの居場所もなくなってしまうことになる。ならばそれを護る為、つまりはわたしの家を護る為に戦うしかない。
「仕方ない、行こう」
「はい。こちらです」
リリの案内に従い、わたしは重い腰を持ち上げたのだった。
「……ほんとに苦戦してる」
リリに案内され辿り着いた戦場を見やると、両軍は激闘を繰り広げるラグと勇者を間に向かい合い、へっぴり腰で威嚇し合っていた。なぜそんな無駄なことをしているのかといえば、ラグ達の戦いが突き抜けすぎていて手出し出来ないからだ。手出しどころか余波で三の丸を囲う城壁はほぼ全てが倒壊し、人間軍に到っては半ば壊滅している有様だった。
対して魔王軍の方はというと、なんとか上手いこと凌いでいるらしく、かろうじて軍の体裁を保っている。こんな所でも両軍の地力の差が浮き彫りになっていた。ほんと、なんで挑んできたんだろうね、人間。
「……おっと」
こちらに向かって飛んできた流れ弾からリリを庇う。
「あ、ありがとうございます」
「ん。どう致しまして」
顔を青ざめさせたリリからお礼をもらう。うん、さっきの慌てた表情といい今の表情といい、今日はいろんなリリの顔が見られる日だ。いつもの取り澄ました顔より年相応のこっちの方が好ましいよ、リリ。
それにしても。今の一撃、わたしだから余裕で防げたけど、他の人間ならひとたまりもないぞ。今なお戦闘を続ける両者の間では、そんな一撃がロケット花火のように気安くぽんぽん飛び交っていた。
……なるほど、これじゃあ城壁は瓦解するし人間軍なんて簡単に壊滅するわけだ。とばっちりで壊滅するような軍なら最初から連れて来なければいいのに。
そして、そんな攻防を続ける両者だが、端から見ると明らかにラグの方が押されていた。小さな傷を無数にこさえ、それでもなんとか致命の一撃は避けている、といった所だ。
「まったく、あのお莫迦は……」
そんな言葉が口から漏れる。あの魔王は、どこまでお人好しなんだ。この状況においてなお、ラグは勇者を殺さないよう手加減して戦っていた。結果自分が殺されそうになっているのだから、ほんと目も当てられない。その甘さはいつか自分を殺すよ、ラグ。
ラグほど甘くなくお人好しでもないわたしは、早速横槍を入れることにした。即ち、背後からの強襲! 魔王に気を取られている今なら簡単に決まるに違いない。リリを魔王軍に保護してもらい、わたしはそうっと移動を開始する。
くくく、ここで勇者を斃してしまえば当面の安全は約束されたようなの。しかもやることといえば、前に気を取られている勇者を背後から襲うだけ。誰にでも出来る簡単なお仕事です。
……ん? 飛び狂う流れ弾がどれも致死性だから、誰にでもは出来ないか。むしろわたしにしか出来ない大変なお仕事だ。うん、あとで褒めてもらおう。
そんなことを考えながらそろそろと移動していると、わたしの前に三人の筋肉が現れた。尤も、筋肉といっても某東の魔王様ほどではないが、それでも数の暴力は如何ともしがたい。端的に言えば非常にむさ苦しい。何が楽しくてこんなむくつけき筋肉共に行く手を阻まれねばならんのだ。わたしにそっちの趣味はない。どうせなら見て楽しいイケメンを持って来い! ……どっちにしろやることは変わらないけどね。
「待て、娘! この先は――」
「邪魔」
何か言いかけた先頭の筋肉を無視して剣をフルスイング。そう、剣。剣ですよ。何度でも言うが学習する葦である所のわたしは、この戦いにはちゃんと剣を持参したのだ。うん、わたしはやれば出来る子! 普段はめんどくさいからやらないだけ。
そんなわけで筋肉トリオにはお星様になってもらった。彼等は今もお空の上からわたし達を見守って……うん、ないわ。止めよう、気持ち悪い。
ともあれこの筋肉供、飛んで行く際盛大に悲鳴を上げてくれたせいで、わたしの存在がばれてしまった。
「師匠……?」
ラグは惚けた声を上げ手を止め、
「なんでこんな所に女が……」
勇者もそれにつられて動きを止めた。
……君たち、この程度の雑音で戦闘を止めるなんて、ちょっと集中力が足りないんじゃないかい。




