35
ふ…ふふふふ。ついに、ついに辿り着いたぜ魔王城! 長かった。ここまでほんと長かった。
不味い飯。痛む足。むさ苦しいパーティーメンバー。日々襲いくるモンスター。思うように捗らない旅路……。
数々の苦難を乗り越え、俺はついに英雄へと到る門の手前まで辿り着いたのだ。あとは魔王城を攻略して魔王のやつを殺るだけでいい。長く険しかった俺のグローリアロードに、ついに終端がその姿を現したのだ。そりゃあ笑いの一つや二つも漏れるってもんだぜ。
「ゆ、勇者様が魔王城を前に笑っておられる……」
「なんと剛毅なお方だ」
「頼もしい限りじゃないか」
そんな俺を、周りは勝手に勘違いして尊敬の念で見つめていた。まあ訂正する必要はないからほっといたがな。勘違い、大いに結構。俺を崇めよ奉れよ! なんたって俺、勇者だから! ついでに英雄(予定)で次期国王(予定)だからっ!!
……うし、捕らぬ狸はこの辺にして、そろそろ狸狩りを始めるかな。魔王よ、俺の英雄譚の糧となるがいい!
道中で合流した軍の残党を含め、俺たちの総数は一〇〇〇〇弱。これが城を攻めるにあたって多いのか少ないのかは分からないが、意気だけは軒昂だ。ま、これも俺のおかげだね。
合流した時のやつらはそりゃあもう酷いもんだった。身なりはぼろぼろ動きは緩慢、森から湧き出るその様はゾンビの強襲かと思ったよ。そんなやつらが十人単位で連れ立って追い剥ぎしてたんだから、遭遇したとたんに切り伏せようとした俺は決して悪くないと思う。
実際「金を出せ」の「か」の部分を聞いた瞬間抜刀したんだけど、装備を見て味方だと判断した剣士に止められた。で、どうにかこうにか俺たちが勇者様一行だということを納得させると、今度はやつら、とたんに見事な掌返しを決めやがった。ちょっとだけ殺意が湧いたのは俺だけの秘密だ。
ま、とにかくこうして行く先々でゾンビ――味方の惨敗兵を回収してどうにかこうにか作り上げたのが今の勇者軍だ。なもんで多少の見てくれの悪さには目を瞑ってほしい。というのも、結局後続の軍とは合流出来なかったからだ。こりゃあ何かあったに違いない。やっぱりあの時のドラゴンにやられたのか……。
まあんなわけで俺の軍は、非常にみすぼらしい烏合の衆になってしまった。ま、でも俺がいればなんとかなるだろ。何しろ俺ってば――え? くどい? いいじゃん、言わせてくれよ。いいよね? よしっ。
何しろ俺ってば、勇者だから!
ともあれ魔王城だ。見てくれは完全に日本の城。天守閣に乗っかってるのがドラゴンだけど、まあそれはご愛敬の範囲だろう。
見上げる城壁の上には敵兵が群れをなしている。それも当然か。なんたって勇者様の登場だからな。せいぜい慌てふためくがいいさ。もうすぐそれすらも出来なくなるんだからな。
今俺たちは水堀の手前三〇〇メートルくらいまで進軍し、魔王軍と睨み合っていた。ここまできたんだから一気に攻め込めよと思うんだけど、呼吸やらタイミングやらを計っているらしい。まどろっこしいな。
でもいいか。雑魚はくれてやるよ。俺が狙うのは魔王と裏切り者の魔女だけだ。その為の露払いをしてくれるっていうんだから、少しくらいのぐだぐだは我慢しようじゃないか。
そして。覚悟が決まったんだかタイミングが合ったんだか知らないが、ようやっと攻め込もうと将軍が合図を出そうとした所で、なんと城門が開いたのだ。そして出てきたのは魔王。俺は見たことないから知らなかったんだけど、周りのやつが魔王だって言ってるから魔王なんだろう。そういう目で見てみれば、赤に裏打ちされた黒マントを羽織り、威風堂々って言うのかな? そんな感じの立ち姿の偉丈夫に見えてくる。
それにしたって、何だっていきなり敵の総大将が出てくるんだ。まさかここまできて無条件降伏とかねえよな。止めてくれよ、それじゃあ俺の英雄譚が盛り上がらねえじゃねえか。
「……お主が勇者か」
単身堂々と俺たちの前まで来ると、魔王は口を開いた。低くて渋い声だった。
「そうだ。俺こそが勇者、八原颯太だ!」
ここが正念場だ。俺も負けじと胸を張る。
「我は魔王、ラグ・アジだ。――さて、勇者よ。一つ提案があるのだが、聞いてはもらえまいか」
魔王のその言葉に、周囲に一斉に緊張が走った。当たり前だ。魔王の提案なんて碌でもないに決まってる。許してやるから毎月一〇〇人生け贄をよこせとか、領土の十分の九をよこせとか、そんなこったろう。
「なんだ?」
それでも一応聞く姿勢だけは見せておく。こちらから一方的に交渉を打ち切ったとなると外聞が悪いからな。
「もう、止めぬか?」
けど、魔王の提案は遙かに想像を超えていた。
「――は?」
思わず耳を疑ってしまう。止める? 今止めるって言ったのか? 何を? この戦争をか? ここまできて?
「もう止めにせぬかと言っている」
「…………」
俺の耳は正常だった。そして聞き間違えでもなかったらしい。
「我らに侵攻の意図はない。そちらが手を出さねば、我らもまた手を出さぬ。故に、この軍を纏めて引き返せ」
さらに魔王は言葉を重ねる。どうやら本気で言っているらしい。それにしたって、
「はあ? 止める? 止めるだ? そっちから仕掛けておいて、旗色が悪くなったから止めましょうってか? ふざけんなっ!」
ふつふつと怒りが沸き起こる。俺は異世界人だから直接の被害に合ったわけじゃない。魔王に個人的な恨みがあるわけでもない。そんな俺が言うのは烏滸がましいかもしれないが、それでも俺は旅の間に見てきたのだ。焼け出され、着の身着のままで逃げ惑う人々を。親を亡くし、明日をも知れない子供達を。そして、その命さえ無くしてしまった大勢の人達を。許せるわけがねえ。
「断じて我らから仕掛けたわけではないが……それは言っても詮無きことか。しかし勇者よ、考えてもみろ。ここ我らが争うことに、何の意味がある」
「意味だあ? そんなもんは決まってる。ここでお前を斃せば世界が救われるんだ。むしろやらない理由の方が思いつかない」
「我ら魔族に争う意思はないと言ってもか」
なんなんだ、この魔王は。ここまできて戦いたくないと吐かすのか。
「じゃあなんで攻めてきたんだ」
「同胞を守る為だ」
こいつは……。よりによってそれを理由に挙げるのか。
「それは、俺の理由だ。人間を護る為、俺はお前を殺す!」
「――では勇者よ、どうあっても我と戦うというのだな」
「当たり前だ」
「致し方あるまい……」
呟くようにそう言うと、魔王は腰に佩いた大剣を抜いた。
「はっ、ようやくその気になったか」
俺も相棒の聖剣を抜き放ち構える。
期せずして一騎打ちになったわけだが、それは俺も望む所だ。攻城の手間が省けたってもんだぜ。
「いくぞ、魔王!」
吼えて、俺は魔王に斬りかかった。




