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 ヘルブの村に勇者が出たんだってさ。へぇー。

 魔王(ラグ)は酒の席で与太話でもするかのような口調でそう言ってのけた。

「…………ラグ」

「はっ」

 呼びかけにビシリと姿勢を正すラグ。その姿は全軍に号令を下す大将軍そのもので、幼女に惨敗してへこたれていた情けない魔王はもうそこにはいない。この切り替えの早さはさすがといった所か。

「お莫迦」

「なぜですか師匠!?」

 ま、そんな凜々しい姿は一瞬で瓦解したけどね。

 ともあれ、

「そういうことは、もっと早く言って」

 勇者だよ! 敵の最終兵器だよ! 魔王(あんた)の天敵なんだよ!? なんでそんな悠長に構えてられるのさ!! 事の重大性分かってるの!? 暢気にトランプなんてしてる場合じゃないでしょう!

 リリだってそんなこと百も承知で顔を青く――してないや。あれは「どうしようもありませんね、このお莫迦様()は」って顔だ。肝の据わった幼女だ。でも、わたしを一緒にしないで。

 しかし。

 勇者か。むう、どうしたものか。せっかく国境ダンジョンを閉鎖したのに、まさか既に潜り込まれていたなんて。

 ん? ……待て。

「コア」

 ポケットの中(狭くて暗いところ)は嫌だと駄々をこねて作ってもらった専用座布団の上に座るコアに呼びかける。

「はい、なんでしょうマスター」

「ダンジョン、突破されたの?」

 考えたくない可能性だが、だからといって確認しないわけにもいかない。あそこが突破されていたとなると、今後人間達の侵略がまた始まってしまうことになるからだ。

「いいえ。現在国境ダンジョンに挑んでいるのは一八一名。いずれも踏破どころか一階層すらクリア出来ていません。――あ、今一七三名になりました。当面は安泰ですね」

 取り敢えずは一安心か。よかった。今や三五階層にまで増築されたあのダンジョンは、わたし渾身の作だ。こんなに簡単に突破されたらショックで一週間は寝込む自信がある。

「となると、勇者が入り込んだのはダンジョンを閉鎖する前ということになりますな」

「だね」

 閉鎖するのが一歩遅かったか。勇者め、油断も隙もない。――と、待てよ。

「勇者って、召還された勇者?」

 この世界の人間が勇者を名乗っているのなら問題はない。ラグがあっさりと斃してのけるだろう。でも、わたしと同じで呼び出された勇者だとするとだいぶ面倒なことになる。単純に考えて、魔王を圧倒するわたしと同スペックだということなのだから。

「ええ。村を襲撃した際、『八原(やはら)颯太(そうた)』と名乗ったようです。名前の響きからしておそらく間違えないでしょう」

「むう」

 最悪の結果だ。これはラグの手に余るかもしれない。でもわたしが戦うのは嫌だし、ここは魔王ズに応援に来てもらって袋叩きにするか。

「いえ、勇者が必ずここに来るという保証がない以上、やつらはやつらで己の領地と民を護る為に備えねばなりません。勇者が魔の国に入り込んでしまった以上、最早おいそれと動くわけにはいかんのです」

 提案はあっさりと却下された。魔王には魔王の事情があるらしい。

 それにしたって、

「勇者召喚って、こんなに簡単に何度もできるものなの?」

 わたしが喚ばれてからまだ一月ちょっとしか経ってないぞ。いくら何でも早すぎるでしょう。

「普通は不可能です。よほど優秀で、且つ力の強い魔術師がおるのでしょうな。それにした所で、相当な無理を重ねているはずです」

 顎を掻きながら唸るように答えるラグ。

 優秀で、力の強い魔術師。わたしの知る限り、そんな人物は一人しかいない。

「おじいちゃん、か……」

 わたしの脳裏に、過日物別れした宮廷魔術師筆頭(おじいちゃん)の姿が思い起こされる。あの人、そんなに優秀だったのか。つくづくあんな愚王の下にいるのが惜しい人だと思う。そして、そんな人が敵なのだ。直接(まみ)えることはもうないだろうけど、感情的にとてもやりにくい。

 いや、それよりも今は勇者か。八原颯太、っていったっけ。こいつはどうやら自信が勇者であることを受け入れたようだ。どんな報酬と引き替えかは知らないけど、お人好しなことだ。

「何にせよ、兵達には手出し無用と伝えるより他ございませんな」

「うん」

 魔王だって危ういのに、一般兵じゃあどう考えたって無駄死にするだけだ。すると問題になってくるのは、勇者がどうでるかってことだ。無抵抗な一般人(兵士だから一般人とは言えないのか?)を斬るようなクズでないことを祈るばかりだ。

「あとは物見を増やして動向を窺い、各村に警戒を怠らないよう伝達、我らも備えるくらいですかな」

「だね」

 今出来ることなんてそれくらいだろう。

 ヘルブの村から魔王城(ここ)までは徒歩で半月ほど。それも順当にいけばの話で、敵である勇者達はもう少しかかるだろうというのがラグの見解だ。それが当たるにせよ外れるにせよ、あと半月前後で勇者は攻めてくるのだ。ならばこちらは、その間にできる限りの備えをしておくしかない。

 全く面倒なことだ。わたしは静かにのんびり暮らしたいだけなのに。これだから人間ってやつは。次を次をと求めるよりも、今ある与えられた物で満足する術を見いだすべきだろうに。やつらは面倒事ばかり持ってくる。まさに疫病神だ。

 そして勇者。勇者ね。上手いこと丸め込んで(説得して)お引き取りいただければ一番なんだけど、きっと無理だろうな。なら、仕方ない。いざとなったらわたしが押さえてラグが横から叩きのめすという手でいこう。それまでに何人取り巻き(仲間)を片付けられるかが勝負だな。あまり大勢で攻めてこなければいいけれど。


 こうして楽しいはずの夜のトランプ大会は、ラグの不用意な一言のせいで始まってしまった勇者対策会議となって幕を閉じたのだった。

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