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「そう。じゃあ仕方ない」

 わたしはため息を吐いて追撃を諦めた。

「……お咎めにならないので?」

「ここはラグの国でわたしは居候。(ラグ)がやらないって言うんなら、わたしがこれ以上出しゃばるべきじゃない」

 まあ、それでもだいぶ好き勝手やらせてもらってはいるんだけどね。それでも、これは越えちゃいけない一線な気がする。

 確かにわたしはこの争いに巻き込まれた。でも、逆を返せば巻き込まれただけに過ぎないのだ。だからわたしの立場はどちらかと言えば当事者よりは傍観者に近い。傍観者に過ぎないわたしが、当事者の決定にあれこれ口を出すべきじゃなだろう。

「そうですか。……ありがとうございます、師匠」

 にもかかわらず、ラグは嬉しそうに礼を言う。

「お礼を言われるようなことじゃない」

「それでもです。ありがとうございます、師匠」

「……ん」

 本当に。この魔王は甘い。甘くて、優しい。その優しさと甘さが、いつか命取りにならなければいいのだけれど。

「ですがな、師匠」

 そして、ラグは夢見るような目で言葉を紡ぐ。

「今は確かに人間と魔族は戦争をしております。しかし、いつの日かきっと、両者は手を取り合えると、我はそう信じているのです」

 ですから、人間は極力殺したくありません、と続けるラグ。

「……そう」

 わたしは、それしか言えない。本心では、そんなことは不可能だと確信している。人間はそんなに綺麗な生き物じゃないし、仮に手を取り合えたとしてもいつか必ず裏切られる。それが人間という生き物の本質だ。

 でも――ラグがあんまりにも真摯に語るものだから、わたしはそれ以上なにも言えなかったのだ。

「さて、近隣の村には警備の兵を出すとして、我らはいかが致しましょうか?」

 ちょっとしんみりしてしまった空気を払うように、ラグは陽気に問うてくる。

「わたしはダンジョンの改装に行く。ラグはどうするの」

「ふむ。では我も、城のダンジョン製作に励みますかな」

「その後は内政?」

 からかい半分に聞いてみると、ラグはにやりと笑う。

「ええ、その通りでございます」

 こうしてラグと別れたわたしは、レグナートを駆って国境ダンジョンへ向かったのだった。


 それからしばらくは平穏な日が続いた。

 魔王ズが蹴散らしていってくれたおかげで朝の襲撃はなくなったし、ダンジョン造りは順調に進んでいるしご飯も美味しい。

 比較的(おだ)やかで(ゆる)やかな、わたしの望んでいた日常が続いていた。

「藤花様、いい加減起きて下さい」

 そうそう、リリだけど、あのなんちゃって風邪事件以来わたし世話係に収まっていた。だからこうやって毎朝わたしを起こしに来るわけで。

「いつまで寝ているんですか。朝食が片付かないので早く起きて下さい」

 まるでお母さんみたいな口上だ。

「むう……あと三十六時間」

 だからつい甘えたくなる。

「…………」

「ふぎゃっ!」

 あまり年頃の乙女らしくない悲鳴を上げて布団からたたき出されるわたし。リリが敷き布団を跳ね上げた結果だ。

 わたしは決して太っているわけではないが、それでも一六〇センチの身長に見合うくらいには体重がある。それを軽々と跳ね上げるんだから侮れない幼女だ。

「……リリ、恐ろしい子」

「莫迦なことを仰っていないでさっさと起きて下さい」

 リリ母さんは厳しかった。ついでに目付きも怖かった。

「はい。おはようございますでございますです」

 ついついおかしな敬語もこぼれ落ちようというものだ。おまけでへにゃりと敬礼してみせる。

「はあ」

 リリはそれに呆れきった溜め息で返し、布団を三つ折りにすると小脇に抱えて出て行ってしまった。おかしいな、わたしはあの子の主のはずなのに。尊敬の念をまるで感じない。

 さて、そんなリリだが、その配属先を巡っては一悶着あったらしい。

 魔王の肝煎りでメイドになった彼女を無下には扱えない。かといって、新入りで人間でおまけに幼女なリリをいきなり重要なポストに就けたら周りが納得しない。しかし上記の理由から他の新入りと同列に扱うわけにもいかない。

 本人としてはそれで構わなかったそうなのだが、そうするには魔王のネームバリューはいささか以上に強すぎた。ま、なんたって国のトップの推薦だからね。

 で、さんざん苦悩したメイド頭の出した結論は、「よく分からんやつはよく分からんやつに付けてしまえ」だった。

 つまり「魔王の師匠(よく分からんやつ)」のわたしにだ。自分で言うのもなんだけど、魔王の師匠って一体なんだろうね?

 それでも魔王はわたしを敬っているし、そんなわたしの側付きなら無下には扱っていませんよ、という言い分けも立つらしい。一種の名誉職みたいなもんだろうか?

 こうしてリリはわたしの世話をしてくれることになったわけだが、実際彼女は優秀だ。寝起きの悪いわたしを実に的確にたたき起こし、気まぐれや思いつきで立てた予定を完璧にスケジューリングする。おかげでわたしの予定は三月先までびっしりだ。

 予定が滞ればわたしの尻を容赦なく蹴り飛ばし、それでも無理ならあっという間に軌道修正してしまう。もうメイドっていうより秘書だよね。三角眼鏡がよく似合いそうだ。あとは……。

「ねえリリ。語尾に〝ザマス〟って付けてみてよ」

「嫌ですよ。莫迦なことを仰らないで下さい」

 ……一蹴されました。

 朝はわたしより先に起きて、夜はわたしより後に寝る。わたしはリリが寝ている所を見たことがない。まるで関白○言に謳われる良妻ではないか。っていうかこの子、いつ寝てるんだろう。わたしだって結構遅くまで起きてることあるのに。成長に差し障りがなければいいんだけど。

 そんなリリは今日もわたしに着いてきて、ダンジョンについてあれこれと意見を交わしていた。

「――ですから、どうしてわざわざ灯りを造るんですか?」

 今日の議題は内装について。リリはダンジョン内が明るいことに不満があるらしい。

「灯りがなきゃ見えない」

「なぜ見せる必要があるんです?」

「む?」

 なぜ、とな。

「藤花様は敵に攻略させない為にこのダンジョンを色々と改装なさっているのですよね?」

「うん」

「なら、わざわざ灯りを造って敵に協力する必要は無いはずです。暗闇の方が藤花様の好きな奇襲も上手くいきますし、まあ当然敵も灯りを用意するでしょうが、その手間を敵に課すことが出来ます。にもかかわらずこちらで灯りを用意してやるなんてナンセンスですよ」

「……なるほど」

 目から鱗だ。そうか、無意識の内にダンジョン内は明るいものと思い込んでいたが、明るい必要なんて無いのだ。むしろ暗いほうが断然有利! というよりダンジョンは暗くあるべき! それが真理だ!

 それをあっさり看破するなんて。

「やっぱりリリは恐ろしい子」


 賞賛に対する返答は、心底呆れきったと言わんばかりの特大の溜め息だった。

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