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案の定待たされましたよ。ええ待たされましたとも。体感でざっと一時間ほど。これは何か? 人を待たせるのがお偉方のステータスなのか? もう帰って寝たい。いや、その前にバイト先にお詫びの電話を入れないと。ああ、めんどくさい。
「遅い」
だからようやく姿を見せた王様が、玉座に腰を下ろす前に言ってやった。
「相も変わらず無礼な小娘だ」
その言い種にかちんとくる。
「煩い。頼み事をする分際で偉そうにふんぞり返るな」
そもそもなんでお前が座ってわたしが立ったままなんだ。そこからしておかしい。
「ナイダ、やはりこの娘打ち首にせよ」
「陛下!」
「ぐだぐだ言ってないで自分でやったら、横着者」
「藤花殿も! お二人ともけんか腰になるのはおやめ下され!」
おじいちゃんが必死に間を取り持とうとする。でも駄目だ。わたしはこの王様とはどうしても分かり合えそうにない。自分では動かずに命じるだけ。出来もしないやりもしないやろうともしない。わたしはこういう人間が一番嫌いだ。反吐が出る。薄汚い人間の代表格のよう。
「仮にも王を名乗る者が、自国の危機にふんぞり返って命じるだけ。自分で魔王討伐に行こうとは思わないの、臆病者」
その一言であっさり切れる王様。
「おのれ言わせておけば! 異世界出身故多少の無礼には目をつぶっていたが、もはや容赦できぬ。者ども、あやつを引っ捕らえよ!」
「まだ自分で動かない。だから国が滅びるんだ、愚王」
売り言葉に買い言葉。一触即発の事態にもはやおじいちゃんですら口を挟めない。
「何をしている! 早くこの小娘を縛りあげんか!!」
唾を飛ばして怒鳴り散らす愚王。
「だから、自分でやれ。馬鹿たれ」
だが、こんなやつでも王は王。広間の端に控えていた兵士達が、若干躊躇いながらも手にした武器をわたしに向ける。
「お考え直しを、陛下! 藤花殿も言葉が過ぎますぞ! 陛下に謝罪を!」
「今更聞く耳持たぬわ!」
「無理」
こんなやつに謝るくらいなら死んだほうがいい。死ぬ気はないけど。どちらにせよ潮時だ。おじいちゃんには少しばかり申し訳ないけど、わたしはこんな愚王の為に何かする気はない。ましてやそれが命がけならなおさらだ。
向かってくる兵士達を睨んで拳を固める。結局魔法は使えなかったけど、わたしには馬鹿力がある。魔王はともかく木っ端兵士くらいなら一薙ぎだろう。
正拳突きの構えを取る。もちろん正しい型なんて知らないけど、ようは気分の問題だ。さっきのおじいちゃんとの腕相撲の結果を鑑みるに、おそらくわたしの拳を直接当てたら兵士は挽肉になる。さすがに人殺しはしたくない。でも、あの威力ならその際生じる風圧やら衝撃波だけで十分だろう。
なるべくおじいちゃんを巻き込まないよう城の外側に向かって真っ直ぐに拳を突き出す。
「ふはははは! 人の王よ、覚悟は決まったか!!」
ん? 何か外から声が聞こえた気がする。が、今更止められない。わたしの放った正拳突き(空打ち)は、すさまじい衝撃波を伴って向かい来る兵士達を吹き飛ばし、それだけに収まらず城壁を破壊して外にいた何かもまとめて吹き飛ばした。
『…………』
場を沈黙が支配した。愚王は玉座の上で腰を抜かし、おじいちゃん含め兵士達は三方の壁際まで吹き飛ばされ、残る一方には大穴が空いている。えっと、またしてもやり過ぎた?
「これで暑い夜も快適」
とりあえず誤魔化してみる。
『…………』
誰も何も答えない。
「風通し抜群」
『…………』
変化無し。
すべったかな? まあいいや。今の内にとんずらしよう。わたしがそっと移動を開始したとき、
「ふはははは! 人間よ、不意打ちとはいい度胸だ!」
大穴の空いた壁からドラゴンが現れた。ドラゴン! さすが異世界だ。感動に打ち震えるわたしとは裏腹に、周囲は狂乱に包まれる。
「魔王だ! 魔王が出たぞー!!」
「魔王が攻めてきたぞー!!」
「玉座の間だ! 陛下をお守りしろ!!」
え? あのドラゴン魔王なの?
がんがん打ち鳴らされる鐘。其処此処で飛び交う怒号。わらわらと集まってくる兵士。臨戦態勢に入るおじいちゃん。腰を抜かしたままの愚王――こいつはどうでもいいか。
「ふはははは! 我に不意打ちをかました剛の者はどこのどいつだ!!」
笑う魔王。一斉にわたしの方を見る兵士とおじいちゃんと愚王。わたしを見るな!
「貴様か、娘よ!」
ほら、目を付けられちゃったじゃないか。
「我が名は魔王、ラグ・アジ! 名を聞こう、勇敢なる娘よ!」
おお! こいつ愚王より礼儀正しいぞ! 名乗られたなら名乗り返すのが礼儀。わたしは口を開く。
「浅井藤花」
「うむ! 浅井藤花か。先の一撃、見事であった。だが、あれしきでは我を倒すこと能わず。我が愛騎、ジグラートですら打ち倒すことは不可能であろう!!」
ん? 愛騎? ジグラート? あれ? あのドラゴンが魔王じゃないの?
「どこを見ておる! 我はここだ!」
わたしの視線が合っていないことに気付いたのだろう、魔王が自己主張を開始する。声のする方、ドラゴンの両翼の付け根辺りに目をやる。壁の残骸が邪魔だ。
「もう少し下がって。よく見えない」
「…………ひょっとして、我の姿が見えておらぬのか?」
疑わしげな魔王の声。
「うん。ドラゴンが魔王だと思ってた」
「ぐっ! 不覚!」
しゅたたたっと何者かがドラゴンの首の上を走ってくる。
「とうっ!」
掛け声一つ、飛び上がる人影。着地。バサリと赤の裏打ちされた漆黒のマントを翻す。
「ふはははは! 我こそは魔王、ラグ・アジ! そしてこやつが我が愛騎、ジグラートだ!」
テイク2を始めやがったよ。どれだけ自己顕示欲が強いんだ。
「……莫迦なの?」
「な!? 我を莫迦と言うな! ただちょっと平均よりも読み書きそろばんが不得手なだけだ! あくまでちょっとだ! ちょっとだけだぞ!?」
やたらとちょっとを強調する魔王。
「つまりお莫迦の子?」
「ぬう……我を莫迦呼ばわり。その罪、万死に値する!」
何事か抜かしている魔王。
「こいつ、ほんとに魔王?」
壁際で様子を窺っているおじいちゃんに確認する。
「はい、こやつこそが魔王ラグ・アジに相違ありませぬ」
冷や汗を流しながら頷くおじいちゃん。どうやら本物らしい。ふうん、なんだか普通だな。角が生えているわけでも牙が生えているわけでも瞳が赤いわけでもない。どこにでもいる普通のおっさんだ。まあそれなりに整った顔立ちをしているから、燻し銀と言えなくもない。まあそんなことより――
「ぬう。我を疑うか、浅井藤花よ! ならば見せてやろう、魔王の力を!!」
ばっと、大仰に両手を広げる魔王。その手に、黒い光りの塊が現れふくらんでいく。
「いかん! お逃げ下され、藤花殿!」
おじいちゃんが叫ぶ。わたしは、
「邪魔。ドラゴン見たいからそこどいて」
魔王にデコピンをかました。
「ぐおおおおぉ!」
吹き飛んで壁にめり込む魔王。
『…………』
唖然としている一同を無視してドラゴンに近づく。おお、やっぱりかっこいい。緑色の艶やかな鱗、黄金色に輝く瞳、鈍く光る爪、力強く天を突き地を穿つ牙、空を裂く翼。
「お手」
満面の笑みでもって手を出す。
「るぐぎゃおおおおおおおおーーー!」
返事は訳の分からない雄叫びだった。
「むう」
「ふはははは! 無駄だ! ジグラートは我にしか懐かん!」
壁から這い出した魔王が叫ぶ。うん、さすがに頑丈だ。ひょっとしたらスイカ割りになってるかもしれないと思ったけど、ちゃんと頭が着いている。
まあともあれ、今はドラゴンだ。一度の失敗程度で諦めるつもりはない。
「お手」
再び手を出す。
「るぐぎゃおおおおおおおおーーー!」
むう。変わらず意味不明の雄叫び。
「無駄無駄無駄あ!」
それを見た魔王が調子に乗って叫ぶ。
「やれ! ジグラート! 小娘に思い知らせてやるのだ!」
魔王の号令一下、ドラゴンの口腔に赤光が輝く。ほほう、これが噂のドラゴンブレスか。
「…………あ」
感動していたら逃げ遅れた。ドラゴンが吐き出したブレスに、思いっきり飲まれる。これはさすがに駄目かもしれない。さようなら、ドラゴン。さようなら、異世界。短い付き合いだったね。
「藤花殿ー!」
最後に、おじいちゃんの悲痛な声が聞こえた。